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映画「雨あがる」は山本周五郎の小説を黒澤明が脚本化した、温かくて厳しい名作。

映画「雨あがる」を見たのは2回目です。前に鑑賞した時よりも、強い感銘を受けました。

なぜでしょうか? おそらくは、私自身が少しだけ成長したからだと思われます。そして、今の私の心境にピッタリの映画だったのでしょう。

黒澤明山本周五郎を愛した映画監督です。

「赤ひげ」は山本周五郎の「赤ひげ診療譚」が原作。「椿三十郎」は山本周五郎の「日日平安」が原作。「どですかでん」は山本周五郎の「季節のない街」が原作。

そして、この「雨あがる」は黒澤明が脚本を書いていて、山本周五郎の「雨あがる」が原作となっています。

ご存知の通り、この「雨あがる」は黒澤は監督していません。黒澤明の死後に、その意志を継いだ、小泉堯史が監督しました。

映画「雨あがる」は、2000年1月22日に公開された日本映画です。

主演した寺尾聰が、独壇場とでも表したいほどの名演技を披露しています。

殿様役を演じた俳優が、どこか三船敏郎に似ていると思ったら、三船敏郎の息子である三船史郎という役者でした(笑)。

映画の内容ですが、山本周五郎らしい、浮世離れした好人物を主人公に展開されます。この主人公の境地こそ、ひょっとすると、私が求めている世界かもしれません。

二十代の頃、私はむさぼるように山本周五郎の小説を読みました。私が生涯において、もっとも熟読かつ多読した作家が、山本周五郎なのです。

「現実には、こんな人物など、いるはずがない」と、「雨あがる」を見ても、また「椿三十郎」を見ても思います。しかし、こんな人物に慣れたら、どんなに良いだろうか、と痛感するのですね。

憧れるというより、痛感です。なぜなら、ああした聖人、突きぬけた者を持った心の広い人物には、ほぼ成れないと感じるからです。

「人間とは、かくも高潔な存在であったのか」、自分も私利私欲を捨て、もっと大らかに生きたいと、映画を見ながら、切に願わざるを得ません。

こうした映画を見ると、心が晴れやになれます。爽やかな風が心を吹きすぎてゆくのを感じます。

しかし、この侍とその妻のように生きるには、どれほどのものを捨てなければいけないか。どれほど、人の哀しみを知らねばならないか。そして、どれほど人を自然を慈しみ、生きとし生けるものを愛し続けなけれなならないのか……それについて、真剣に考えている自分自身を見つけて、ハッとしたのでした。

ただ、優しい、温かい映画ではない。そこには、深い哀しみが滲み、厳しい生き様が息づいている。ここまで見る者に感じさせ、考えさせる、この映画の清らかな力に、素直に感謝したいと思います。

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