山田太一が脚本を担当したドラマ「春の一族」を少し前に鑑賞し、深い感銘を受けたのですが、感想を書く時間がなかったのです。

 

今も時間はないのですが、このタイミングで記しておかないと、今回の鮮明な印象がこのまま消えてしまうような気がして、何とかキーボードを叩き始めました。

 

NHK大河ドラマ名作シリーズ〈山田太一DVDコレクション〉春の一族

 

主演の緒方拳の存在感が圧倒的なのはもちろんですが、何といっても、山田太一の脚本の凄さです。凄いという言葉はあまり使いたくないのですが、このシナリオは本当に凄い。

 

どこが凄いのかというと、話の進め方が、エンターテイメントの進行方法を無視していることです。

 

ハリウッド映画がなぜ面白いか、そして、なぜつまらないかというと、ハリウッド脚本術という公式を採用しているからです。

 

ところが、山田太一は、坂道を巨大な荷物を人力で押し上げてゆくような力技で、このドラマを書き切ろうとしている。失敗したら無惨ですが、何と、山田太一という脚本家は、小技を使わずに、荷物を押し上げてしまったのでした。

 

少し才能があるくらいのシナオリライターならば、こんな物語の発端を書きません。最初の15分間を見ると、確かに面白そうだけれど、これで果たして、最後まで面白いドラマとして終えることができるのか、こちらの方が心配になるくらいです。

 

しかし、そんな不安をものの見事に、山田太一は吹き消してくれました。

 

いろんな要素がこのドラマを支えていますが、ひとつは役者たちの力です。シーンごとに、役者が自分の味を出してくれていて、満足度がどんどん上がってゆくんですね。

 

ストーリーにも、プロットにも頼っていない、テーマとセリフと役者力で勝負する、まさに本格人間ドラマだと言えます。

 

出演する俳優名をあげておきましょう。

 

緒方拳/十朱幸代/国生さゆり/中島唱子/浅野忠信/藤岡琢也/丘みつ子/天宮良/江戸家猫八/音羽久美子/内海桂子、他……

 

緒方拳は別格として、個人的には藤岡琢也に肩入れしたいのですが、当時新人だった浅野忠信が初々しい光を放っておりました。ナイーブな青年を輪郭も鮮やかに演じていますよ。

 

全3話ですが、繰り返し見ているうちに、この「春の一族」は、ひょっとしたら山田太一の最高傑作かもしれないと思い始めてしまったのでした。

 

テーマは「人と人とのつながり」です。ますます孤独地獄という穴に落下しつづける現代人の心の糧となるドラマだと断言できます。