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池上彰「その日本語、伝わっていますか?」で感じたこと

「美しい言葉.com」などというサイトを運営していますと、ほとんど毎日、日本語に関する本を読むことになります。というか、「言葉」「日本語」「文章」などについて、何かしら書いている日々が続いています。

今日は、夕食後に池上彰さんの「その日本語、伝わっていますか?」という本を開いていました。

池上彰さんといえば、難しいことでも「わかりやすく」伝えてくれることで、テレビで大人気の人ですよね。

私も言葉に関するワークショップを開く必要があり、「わかりやすく」人に伝える重要性を感じ、池上彰さんの本を数冊読んだことがありました。

今日「その日本語、伝わっていますか」という本を読んでいて、ふと思ったのは、言葉とか日本語は、間違って使われているのが普通であって、テレビのアナウンサーとか記者も含めて、しょっちゅう間違いをおかしているということでした。

だから、そんなに神経質にならなくても良い、と言ってしまいたいぐらいなのですが、私の立場ですと、そうは言えないわけです。

池上彰さんは、もともと報道畑の人です。また、テレビでしゃべることが多いという特別な人なのですね。

池上彰さんの本を読んでいて驚くのは、そのバランスの良さです。ただの文章のプロでは、これほどまでのバランス感覚は持ち合わせていません。

放送という時間との戦いの中で磨かれた言葉づかいですから、文章に無駄がないのです。

だから、たいへん、わかりやすい……。

「その日本語、伝わっていますか」には、なるほどと思うことが多数述べられていて、この本は、内容的には良書の部類に入るかと思います。池上彰さんのような日本語へのアプローチの仕方は新鮮だし、学ぶべき点もあります。

しかし、その異様なまでの「わかりやすい」語り口に、自分でも意外なほど違和感を覚えました。

ここで私が感じるのは、言葉による表現は、本当に「わかりやすい」方が良いのかということ。

セミナーを開催したことがある人ならばおわかりかと思いますが、話し手の方は最初から最後まで「わかりやすさ」との戦いです。いかに「わかりやすく」伝えるか、そのことに異常なまでに神経質になってしまいます。

言葉は無理に「わかりやすく」しようとすると、語る側は息苦しさを覚えます。また、聞く側も、面白くないのではないか……そんな疑問がセミナー終了後に湧いてくるものです。

私自身は、何を言いたいのか、にわかには判断がつかない、何か月もしてから、その言葉の真意に気づいたというような話を聞きたいタイプの人間なのです。

人に「わかりやすく」伝えるための本が、よく売れているようです。わかりやく話す方法とか、わかりやすく書く方法とか、そうしたノウハウ本は、つい手に取ってしまいたくなるものです。

しかし、明白だとか、明晰であることが、いつも素晴らしいとか限らないのですね。

著者が書きながら、いろいろ悩み、書いては消し、書いては消し、時には自分でも何を書いているのか、何を伝えたいのかわからなくなってしまったり……そうした危うい綱渡りのような言葉世界に私は惹かれるのです。

クリアーに、すっきりと答えを出してもらいたいとは思わない、というか、言葉の世界は混沌としていて、闇に閉ざされているからこそ魅力があるとも言えるのです。

言葉には人間の愛憎や怨念がこもっており、本来、クリアーに語れる性格のものではありません。

私自身、文章は「わかりやすく」書きましょうと常日頃から語っています。でも、一方では、明白に書けるようなことをあえて書いても仕方がないとも言えるのです。

世の中、何でもかんでも「わかりやすく」しようとしています。「わかりやすさ」の偏重は、ほとんど病気と言っていいほど進んでいるように感じます。

「わかりやすくすれば、それは良いことだ」という風潮がありますが、そこには、落とし穴があるような気がしてなりません。

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