こだまでしょうか、いいえ、誰でも。 金子みすゞ詩集百選
「こだまでしょうか、いいえ、誰でも。」という金子みすゞの詩集を読んでいます。
私の自宅から徒歩1分のことろに、巨大なTSUTAYAがあり、その1階に精文館書店領家店があるのですが、その大きな本屋さんには、金子みすゞのコーナーが設けられていました。
金子みすゞは、現在の日本でもっとも人気の高い詩人であることは間違いなさそうです。
このブームのきっかけは、東日本大震災後にテレビで放送されてた社団法人「ACジャパン」のCMであったことは、多くの方がご存知かと思います。
これがその話題となったテレビCM「こだまでしょうか」。
金子みすゞは、大正時代末期から昭和時代初期にかけて活躍した童謡詩人。26歳の若さで死ぬまでに、512編もの詩を綴ったとされています。
日本近代詩を振り返ると、多くの優れた詩人が輩出していることに驚きます。中原中也、立原道造、八木重吉などは、その代表的詩人で、学生時代に文庫本が擦り切れるまで愛読した記憶があります。
ただ、その頃は、金子みすゞは読まなかったのです。たぶん、新潮文庫や角川文庫から出版されていなかったからでしょう。
詩人同士を比較することに意味があるとも思えないのですが、今回「金子みすゞ詩集百選」を読んでみて、金子みすゞの詩は、中原中也や八木重吉よりも、さらに高く評価されてゆくのではないかと感じました。
その理由は、限りない人間への優しさが詩からにじみ出ていること。
中原中也、立原道造、八木重吉にも、傑作と呼ぶにふさわしい詩があります。しかし、自分自身の歌を歌うことに性急すぎて、人間への愛おしみよりも、自己愛の方を強く感じることが多いのです。
金子みすゞは献身的な愛の詩が多数あり、その点において、他の近代詩人よりも優れているのではないかと主張したくなる気持ちを抑えることができません。
その愛の語り方も、スローガン的に打ち上げるわけではなく、告白するわけでもなく、客観的に小さな宇宙をつくって、そこで慈しみの気持ちをさり気なく表出しており、そのことによって、より詩としての完成度をも高めているのです。
金子みすゞの詩にある、徹底感、透徹感、透明感は、いったいどこから来るのでしょうか。
類まれな詩魂から湧き出た言葉の結晶というよりも、金子みすゞという人が、詩の神様に命を捧げた結果としれ得られた(あるいは与えられた)詩空間、それが金子みすゞの詩であると言いたい気がします。
自分の命と引き換えに、金子みすゞは珠玉の詩篇を、私たちに与えてくれました。その詩は永遠不滅の光彩を放つものであり、私たちの心の糧となることは言うまでもありません。
「こだまでしょうか、いいえ、誰でも。」は「こだまでしょうか、いいえ、誰でも。―金子みすヾ詩集選」で、読むことができます。
個々の詩についての感想も書きたいのですが、それは次回とさせていただきます。
さて、以前この風花未来.comで取り上げたのですが、坂村真民という詩人の詩を読んだことがありますか?
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2011年8月19日 | コメント/トラックバック(0) | トラックバックURL |
カテゴリー:詩



