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高円寺を初めて歩いてみたけれど


10月27日~10月29日まで、東京杉並区の高円寺に行ってきました。NHKBSの番組「小さな旅」  – 青春 途中駅 東京 高円寺 –で取り上げられていたのを見て以来、一度、じっくりと歩いてみたいと思っていたのです。

街は人が集まるからこそ、生きもし、活気づきもします。日曜日の高円寺はイベントがあったせいもあり、人があふれていました。

友人と散策したのですが、カフェは何軒も満席で断られてしまい、ようやく入った店は、たばこの煙であふれ、満足度は低く……。

若者と老人が多いのが高円寺の特徴でした。中年が少ないのも注目点かもしれません。

高円寺は街として、好きかどうかと言いますと、私自身が強く惹かれる要素はありませんでした。深夜に入ったバーは面白かったのですが~。

名古屋の大須観音を想い起させる街ではあります。ただ、大須の方が、もっと「のんびり」していて、ゆるい中に、人間的な味わいがにじみ出ている。しかし、高円寺は、人が密集し過ぎていて、慌ただしく、ゆとりに欠けるきらいがありました。

カフェにこだわる私としては、高円寺の北口方面にあるカフェ、また商店街通り沿いにあるカフェは、ほぼすべてダメだししたいのです。店内が狭すぎ、また、人が長時間いられないようにするための意図があからさますぎて、カフェ本来の魅力を放棄しているかのようでした。

これは立地的に仕方がない面もあり、小粋なカフェは、南口方面にある模様です。

2泊3日の散策で、気に入ったカフェに入れなかったことは、私的には、高円寺の街としての評価を大きく下げてしまいました。

まあ、若者たちが多いので、居すわられたら店主としても困るのでしょうけれど、根本的なことから考えないと、カフェ文化の否定となってしまうので、とても残念な気がしました。

要するに、人を和ませないようにしているカフェには人間的な優しさが欠如しているのであって、そういうカフェしかない街は、良い街とは言えない……ということになってしまうわけです。

結論的には、有名な純情商店街のある高円寺北口方面は、街と人との物語づくりという観点からは失敗していると感じました。街は人がいっぱい集まればそれでいいというものではない……疲労感の中で、そう思ってしまったのです。

ただ、月末にもう一度、訪れる予定なので、その時には、高円寺の魅力をぜひ、発掘してみたいと心に決めています。

美しい日本語で書かれた作品をまとめました。

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