新藤兼人監督の映画を取り上げるのは2回目です。前回は「原爆の子」についてお伝えしました。

 

今回はDVD-BOX「新藤兼人アンソロジー(1) 」に収められた「」について語りたいと思います。

 

」はアンソロジー1の中で、もっとも面白い作品だと感じました。

 

新藤兼人 狼 レビュー

 

■構成と人物描写

 

5人の人物が、白昼、現金輸送車を襲うのですが、なぜ、そんなことをしでかしたのか?

 

その動機の描き方が、周到かつ見事です。

 

オープニングに事件の結末を見せ、その後に過去に戻るという構成は、作品の主眼は、サスペンスの演出にあるのではなく、あくまで、人物を丁寧に描くことにあることの証明にほかなりません。

 

■人物の動き

 

新藤フィルムの特徴の一つに、人物の移動があります。

 

橋を渡ったり、道を歩いていったり、実によく移動するのです。

 

移動の中で、まちの風景や風俗が映し出されます。

 

■貧困

 

1955年の映画ですが、当時は、人々の暮らしはここまで貧しかったのか。貧困は悪臭を放つかのように生々しく描写されています。

 

その描写だけでも、現代に生きる私たちにとっては、かなり衝撃的です。

 

なぜなら、新藤映画に出てくる人々の多くは、貧困のどん底に暮らしているから。

 

バブルがはじけたとか、不況続きとか、そんな生やさしい貧しさではありません。

 

衣服は怖ろしく質素であり、今日の食事にも窮している人も珍しくありません。

 

まちは、貧しさの底に沈んでいるかのように見える……。

 

どうして、新藤監督は、ここまで貧乏にこだわるのか。

 

その点は、レビューを続けてゆく上で、次第に明らかにしてゆきたいと思っています。

 

■エンターテイメント性と芸術性

 

映画に芸術性を大いに期待する私ですが、それ以前に、やはり面白くなくてはなりません。

 

深刻な人間描写だけならば、とても最後まで見られるものではありません。この「狼」は、犯罪映画、サスペンス映画の要素が色濃いので、作品としては、かなり救われているように感じました。

 

新藤兼人監督の映画を見ていますと、フェデリコ・フェリーニ監督の「道」、ヴィットリオ・デ・シーカ監督の「自転車泥棒」、ピエトロ・ジェルミ監督の「鉄道員」などが、知らぬ間に想い浮かびます。

 

これらの映画に共通するのは、全編に流れる、貧しい暮らしを余儀なくされる人々の哀しいメロディでした。そして、モノクロ映画の映像美とヒューマンドラマが、見事な調和を示していました。

 

新藤監督の「狼」は、芸術的な完成度は期待するのではなく、人間をきっちりと描いたエンターテイメントとして楽しめば良いのだと思います。