「抱きしめたい」が、心の糧

久しぶりに風花未来の日記です。

日常生活は地味です。テレビドラマのように5分おきに事件が起きる、なんてことはありません。毎日の暮らしでは心が華やぐことは滅多にあるものではなく、小さなことの積み重ねの連続で、その地道な作業が、ほんの一瞬の歓びをかなえるのです。その束の間の歓びも、何年に一度、来るかこないか……それが、現実ではないでしょうか。

では、日々の生活は辛いかというと、心の持ち方で、かなり違ってきます。

同じ地味な日常を送るにしても、常に、未来への希望であるとか、大きな夢を持っているのと、そうではないのとでは、日々の快適度はまるで違うのですね。

ですから、ありふれたことですが「夢」や「希望」は持っていた方が良いのであって、というか、持っていないと、とても長くて平板な日常生活に耐えられるものではない、そう思えて仕方がないのです。

夢とか、希望とかいう言葉が、あまりに月並みであるならば、それを「抱きしめたいもの」という言葉に置き換えてみてはいかがでしょうか。「抱きしめたいこと」「抱きしめないひと」でも、もちろん、かまいません。

そういえば「抱きしめたい」という名曲もありましたね。

「抱きしめたいもの」は、写真で撮影できるような現実のものでなくても良いでしょう。手でつかむこともできない、夢や幻でも、さしつかえないと思うのです。

そうした、「極めて愛しいもの」を心の中に持っていれば、いろんな苦境も乗り越えやすいと思います。

ただ大事なのは、抱きしめたいほど一心に愛していることです。

私にも「抱きしめたいもの」はあります。そうした激しく愛している人なり、愛しきことがありさえすれば、強い願望が完全には満たされなくても、前に進んでゆく原動力になることは間違いありません。

「抱きしめたいもの」こそが、心の糧。「抱きしめたいひと」が、雨の日も風の日も、励ましてくれ、重くなりがちな足取りを軽くしてくれることでしょう。

その「抱きしめたいひと」「抱きしめたいこと」「抱きしめたいもの」を、自分なりの方法で描き切ることが、ライフワークにつながってゆく気がしてならないのです。言葉による表現だけでなく、あらゆる営みに当てはまるでしょう。

抱きしめたい」、そう誰にはばかることなく、叫びたい気持ちが、本当に大事だと感じています。

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2012年2月17日 | コメント/トラックバック(0) |

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日本語で書かれた最も感動的な一行詩とは?

今年の私のモットーに「短く書く」があります。インターネットで公開される文章は短ければ良いというものではありませんが、同じ価値の文章ならば、短い方がWeb向きだとは言えるでしょう。

日本人は概して、短いものが好きですね。文学表現においても「短詩系文学」というジャンルがあり、地味ながらも安定した人気を誇っているようです。

短い詩といえば、最も短いのは「俳句」です。純粋な詩ではないかもしれませんが、「川柳」もまた十七音を基本としています。

今日の記事のテーマである「日本語で書かれた最も感動的な一行詩」も、俳句という形式をとっています。

ただ、俳人が作った俳句ではない点に注目してほしいのです。

以前、私は日本語で書かれた美しい詩ベスト1という記事を書いたことがありますが、その詩を書いたのも、いわゆる詩人ではなく、戦没者でした。

今回ご紹介する俳句(俳句の形式となった言葉)も、俳人ではなく、小説家が作ったものです。

その小説家とは、「宮本武蔵」「新・平家物語」などで知られる吉川英治です。

ある席で、双葉山と吉川英治がいっしょになりました。戦争(第二次世界大戦)中のことです。当時、双葉山は連勝の真っただ中です。現役の横綱・白鵬が尊敬する力士が双葉山であることは有名。双葉山が、いまだに破られていない69連勝を記録した名横綱であることは、相撲に興味がない人でも知っているでしょう。

双葉山は吉川英治に、大きな体を小さくかがめて、こう言いました。

「先生、何か、書いてください」

吉川英治は、しばらく考えてから、「うん」と言って、紙にこう書いた。

  江戸中でひとり淋しき勝角力

双葉山は、その紙を手にとり、じっと見つめた。双葉山は、吉川英治の言葉を見つめたまま、大粒の涙を流したそうです。

「勝角力」は(かちずもう)と読みます。当時の大相撲は年に2場所しかありません(今は年6場所開催)。その中で、60連勝以上もするには、はかり知れないほどのプレッシャーがあったことでしょう。体も、心も、勝ち続けながら、疲れ切っていたに違いありません。

吉川英治の俳句が素晴らしさは、勝者の孤独、哀しさを見つめる眼力にあります。眼力を他の言葉に置き換えるならば、人間を見つめる優しい視線、温かい眼差しと言うことができるでしょう。

マスコミ関係者は双葉山の連勝を讃えるばかりである。観衆も、大横綱の強さに拍手と歓声をおくるのみ。

その中で、一人、吉川さんだけが、自分の孤独、淋しい気持ちを理解してくれた、そうした吉川さんの優しさを「江戸中でひとり淋しき勝角力」の句から感じとった、だからこそ、日本一強い男が、人前で男泣きに泣いたのです。

「江戸中でひとり淋しき勝角力」を初めて読んだ時、私も号泣しました。吉川さんの人生を見る厳しく、そして温かい眼差しに打たれました。

「江戸中でひとり淋しき勝角力」を読んで想い出したエピソードがあります。

映画評論家の淀川長治さんが、偉大な映画監督であるチャールズ・チャップリンが「ライムライト」を撮影しているスタジオを訪れた時のこと。

チャップリンはリハーサルで、「ライムライト」の中の名セリフ「時は偉大なる作家である。いつも、完璧なる結末を描く」を、何度も繰り返している。ある時は、低く抑えた声で、ある時は、大きく叫ぶように……。

その撮影風景を見ているうちに、淀川さんは、涙をこらえられなくなってしまう。気づいたら、大声を出して泣き出していた。

淀川さんが泣いているのに気づいたチャップリンは、すぐに彼のところに駆け寄ってきて「なぜ、泣いているんだい」と聞いたそうです。

淀川さんは、チャップリンの白髪を指さしながら、自分はあなたの映画を初期のサイレントからすべて見てきていることを告げました。

チャップリンは、淀川さんの気持ちを悟り、強く彼をその場で抱きしめたそうです。

想えば、チャップリンの映画人生も、長く、波乱に満ちていた。映画「独裁者」を命がけて撮ったこともある。栄光を勝ち得たチャップリンも、また「孤独の人」なのです。

若い美男子だった役者・チャップリンが、今や白髪の老人となり、愛した女性が若い青年と結ばれるという運命を見送ろうとしている。その思いを、チャップリンは、

Time is the great quther, always writes the perfect ending.

というセリフに込めたのです。

ここでも、偉大なる映画監督であり役者であるチャールズ・チャップリンが、自分の孤独、淋しさを、淀川さんが理解してくれたことに感動しているのですね。

人と人との心が、これほど美しく触れ合っているケースは滅多にありません。

チャップリンの名言に関する記事はこちらをお読みください⇒チャップリンの名言

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2012年1月24日 | コメント/トラックバック(0) |

カテゴリー:偉人の言葉

芥川龍之介のラブレターは手紙の名作

以前、手紙文(電報)の名作をご紹介しました。この記事でしたね⇒世界一美しい手紙文は?

さて、今回は芥川龍之介の手紙文、しかも、ラブレター(恋文)を取り上げてみます。

芥川龍之介が自殺したのは、昭和2年です。文子夫人は未亡人となり、比呂志、多加志(戦死)、也寸志を、懸命に育てあげました。

そんな文子さんの心の支えとなったのが、芥川龍之介からもらった一通の手紙だったそうです。婚約時代に芥川が文子さんに出したラブレターです。

それでは、さっそく、芥川龍之介のラブレターを引用してみます。

アタシハ アナタヲ愛シテオリマス コノ上愛セナイクライ愛シテ居リマス ダカラ幸福デス 小鳥ノヤウニ幸福デス

この文も、カタカナが効いていますね。だから、少ない漢字が鮮明に浮き上がっている。

そして、何より、心情が初々しく純粋で、読む者の心に響きます。

言葉の強さ、文章の美しさは、テクニックに決まるのではなく、書き手の心が純粋であれば、むしろ技巧は不必要であり、言葉づかいはむしろシンプルな方が、人への影響力は大きくなることの好例だと言えるでしょう……というか、そういう指摘をするのがばかばかしくなるほど、芥川のラブレターは素晴らしい。

ここまでくると、手紙というよりも、詩ですね。

ラブレターには名文が多いと言われますが、人を愛する気持ちが素直に反映されているからだと思います。文章修業をしてゆく上で、ときどき、恋文がなぜ人の胸をうつのかについて、考えてみるのも有益かもしれません。

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