サトウハチロー「長崎の鐘」の言葉力

少し前に書きました「サトウハチロー「小さい秋みつけた」の言葉力」という記事のアクセスが日ごとに増えているようです。季節がまさに秋であるからでしょうか。

さて、今回は、サトウハチローが作詞した歌詞を、もう一つご紹介することにします。

長崎の鐘」という曲をご存知でしょうか。これも名曲です。

さっそく、全文を引用してみます。

長崎の鐘

【作詞】サトウハチロー
【作曲】古関裕而

こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

召されて妻は 天国へ
別れて一人 旅立ちぬ
かたみに残る ロザリオの
鎖に白き 我が涙
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

つぶやく雨の ミサの音
たたえる風の 神の歌
耀く胸の 十字架に
ほゝえむ海の 雲の色
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

こころの罪を うちあけて
更け行く夜の 月すみぬ
貧しき家の 柱にも
気高く白き マリア様
なぐさめ はげまし 長崎の
あゝ 長崎の鐘が鳴る

長崎市に原爆が投下されたのは、 第二次世界大戦末期の1945年(昭和20年)8月9日、午前11時02分でした。

「長崎の鐘」という本を読まれた方はいるでしょうか。カトリック教徒であった医学博士・永井隆氏が書いた被爆体験記録。1949年1月に出版され、ベストセラーとなりました。

長崎の鐘 (アルバ文庫)

これを受けて、同年7月にコロンビアレコードから発売されたのが、歌謡曲「長崎の鐘」だったのです。「長崎の鐘」は松竹で映画化もされています。

この「長崎の鐘」という歌詞は、ワンコーラスめで、心奪われてしまいます。

こよなく晴れた 青空を
悲しと思う せつなさよ
うねりの波の 人の世に
はかなく生きる 野の花よ

どうして、こういう歌詞、詩が書けるのか。また、長い年月を越えて、激しく打ち寄せてくるものが感じられるのは、なぜなのか。

永井博士の辞世の句「光りつつ 秋空高く 消えにけり」を読んで、サトウハチローは、この歌い出しの歌詞をイメージしたのかもしれません。いや、そういうことは、おそらくは問題ではなくて、究極の試練を受けた人々が、再び希望を抱いて歩き出す時、どれくらい「歌」が、「言葉」が、励ましとなり、勇気となったか、それを想像してみることに意味があると思うのです。

苦悩の質と量の違いはあるにせよ、難しい時代であることは当時も今も、変わりはないでしょう。しかし、今が当時と決定的に違うは、励ましとなる歌、勇気を与えてくれる言葉が、ラジオのスイッチを入れても聞こえてこないことです。

「リンゴの唄」や「長崎の鐘」について、語り継いでくれる人さえ、いなくなってしまいそうなのです。

戦後日本の不幸は、それは一つの運命なので仕方がないのですが、詩文学の衰弱にあったと思うのです。明治から戦前まで、日本の詩文学は隆盛を示しました。戦後の現代詩は多くの人々を魅了する力は持ちえず、健全な言葉の力は、詩ではなく、歌詞の方に引き継がれたと言えるのではないでしょうか。

明治以降から現代にいたるまでの日本語、言葉の力について考える時、重要な地位を占めるのが、童謡、唱歌、歌謡曲の歌詞です。

サトウハチロウーの詩集を読むと言葉の健やかな力に驚かされます。

サトウハチロー詩集 (ハルキ文庫)

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2011年10月12日 | コメント/トラックバック(0) |

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サトウハチロー「小さい秋みつけた」の言葉力

美しい日本語日本語の美しさに対する関心が非常に高いようです。と申しますのは、風花未来.comにアップしました、以下の2本の記事に多数のアクセスをいただいているからです。

日本語の中で最も美しい言葉とは?

日本語で書かれた美しい詩ベスト1

今ほど、言葉に関する意識が高まっている時期は、これまでになかったのではないか、そう思えるほどです。

なぜそのような状況になっているかというと、言葉への興味に応える、インターネットというメディアの発展という背景があるからに他なりません。情報の共有性は、あらゆるメディアの中で、インターネットが最も高いのです。

で、今回のテーマですが、詩ではなく、歌詞を取り上げます。

現在、私は日本語について、言葉について、かなり深く関わっております。「Web文章の書き方」をお伝えする講座を持っていることもありますが、それ以前に、言葉を見つめ直すことで、忘れかけていたこと、失われつつあるもの、本当は大事にしなければいけないのに軽視されている価値観などを取り戻したいという気持ちが強いのです。

日本語の言葉力を考える上で欠かせないのは「歌詞」です。

「歌詞」とは、歌に唄われるために書かれた特別な言葉の連なりと呼ぶべきでしょうか。

これまで日本語で書かれた歌詞の中で最も美しい作品は?という問いかけを自分でしてみましたが、なかなか答え出ず、結局は徹夜してしまいました。そのため、今日は頭痛に悩まされているのです(苦笑)。

ランキングとかはあまり意味がないし、ベスト1も決められなかったので、サトウハチローの歌詞を3つ選んでみました。

サトウハチローは実に幅広い活動をされた人ですが、作詞家として有名です。

シリーズで、童謡を1つ、歌謡曲を2つ、取り上げたいと思います。

まず今回は、童謡の名作「小さい秋みつけた」です。

   サトウハチロー作詞
     中田喜直作曲

(一)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
   ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
   めかくし鬼さん 手のなる方へ 澄ましたお耳に
   かすかにしみた 呼んでる口笛 もずの声
   ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

(二)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
   ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
   お部屋は北向き くもりのガラス うつろな目の色
   とかしたミルク わずかなすきから 秋の風
   ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

(三)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた
   ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた
   昔の昔の 風見の鳥の  ぼやけたとさかに
   はぜの葉ひとつ はぜの葉あかくて 入日色
   ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

解釈する必要はありませんね。素直に秋が感じられれば充分だと思います。

ただ、文学的に鑑賞しようとして、言葉の組み合わせなどを分析しますと、その完成度の高さに舌を巻かざるを得ません。

「誰かさん」といっていますが、この「誰か」はサトウハチロー自身です。3番の3行目に「風見の鳥の」とありますが、幼い頃に母親に連れて行かれた教会の風見鶏であるとのデータがあります。

この歌詞のテーマは表面的には「秋の発見」になっていますが、実は郷愁の詩です。幼い頃、特に母親への懐かしさが抒情の底流に流れています。サトウハチローの母親は彼が14歳の時に離婚して家を出てしまったのです。その後、荒んだ青春期を過ごすことになるのですが、それだけに、母親との思いでは、哀しく美しいものであったことは想像にかたくありません。

自分自身であるにもかかわらずに「誰かさん」といったことで、世界が広がり、童謡としての普遍性をかち得ています。

秋を「見つけた」のは、ハチローの目だけでなく、耳であり、皮膚感覚であり、そして心でした。読んでいるだけで、感性が洗われてしまうほどの傑作です。

さて、この童謡「小さい秋みつけた」は、昭和30年に、NHKの特別番組「秋の祭典」のために作られたそうです。その後、レコード会社のディレクターが発掘。ボニー・ジャックスという男性コーラスグループに歌わせてみたところ、それが大ヒット。その年のレコード大賞童謡賞を受賞してしまったと言いますから、歌の運命というものもわかりませんね。

では、そのボニー・ジャックスが歌う「小さい秋みつけた」をお聴きください。

ちいさい秋みつけた - ボニージャックス(Bonny Jacks)

その他、サトウハチローの代表作と言えば、これも忘れられません。

サトウハチロー「長崎の鐘」の言葉力

サトウハチローの歌詞をたっぷり読みたいという方は、この本がオススメです。

サトウハチロー詩集 (ハルキ文庫)

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2011年9月13日 | コメント/トラックバック(0) |

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