テレビドラマの「記念樹」は、TBS系列の「木下恵介劇場」にて放送された。いわゆる「木下恵介アワー」である。
1966年4月5日から1967年2月14日まで、46回にわたって放送された。1話の長さは約30分。
企画は木下恵介。脚本は木下恵介、山田太一。
主演は馬淵晴子。
馬淵晴子は顔を見たことがある程度で、ほとんど知らない。私の幼い頃の記憶の片隅に、幻のように存在しているだけである。
知的で落ち着いた昭和女性の典型といえるだろうか。昔の「綺麗なお姉さん」、懐かしい女性像が香り立つようだ。
物語設定が実に良い。孤児院(養護施設)の先生と生徒が15年ぶりに再会する。毎回1話完結なので楽しみやすい。
で、私は何を言おうとしているのだろう。
「記念樹」は、紛れもない人間ドラマだ。
現在は、極端な視聴率至上主義であり、良質なドラマは放送されにくい。じっくりと腰を据えて、人間を描き出すドラマは、数字が稼げないので、私たちはもう「記念樹」のような温かい人間愛が息づく、質の高いドラマは見られないかもしれない。
だから、DVDで鑑賞できるようになった「記念樹」は、きわめて貴重であり、日本の文化遺産といっても過言ではあるまい。
木下恵介生誕100年 木下恵介アワー「記念樹」DVD-BOX<9枚組>
私は日本の人間ドラマの原点として、繰り返し、この「記念樹」を鑑賞してゆきたい。
だが、残念ながら、今の私には「記念樹」のDVDを購入する経済力がない。
そのため、YouTubeで観ている。
例えば、平成生まれの人は、このドラマを観て、何を感じるのだろうか。
昭和の時代を知らない人にとって、山田太一ドラマでさえ、受け入れがたいかもしれないのに、木下恵介ドラマには山田太一のようなヒネリもスパイスもない、これでは刺激がなさすぎて、何も反応せずにスルーしてしまうのではないか。
いや、ツイストもしない、手っ取り早い刺激は排除して、天然の出汁をとって味付けした、オーガニックな木下恵介アワーのほうが、現代人の覚醒を促す力があるかもしれない、と密かに期待している。
それにしても、たったの30分弱で、人を号泣させる木下恵介の手腕には、舌を巻くしかない。
ところで最後に、ドラマ「記念樹」を観ると、なぜ泣けてしまうのかについて、語りたい
現代は、人が人らしくあるための基本が失われている。本来「当たり前のこと」が、軽視され、人間としてどうでもいい、むしろ害悪があることで人民をコントロールするビジネスが横行している。
お金にならないものは軽視する、これは資本主義の病理、拝金主義の弊害にほかならないが、ここまで人間性を軽視する世の中になってしまったら、昔のこういう「記念樹」のようなドラマにすがるしかない。
これも運命かもしれないが、良質な人間ドラマに触れつつ、私は私に残された時間を、現代が切り捨てている、人間にとって最も大事なことを回復するために、生きてみたいと思っている。
そして、人間回復、人間復興の道筋を、多くの方々に示せたら、と祈願するばかりである。