美しい詩

宮沢賢治の詩「永訣の朝」の鑑賞と解釈が難しい本当の理由。

けふのうちに とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ」で始まる、宮沢賢治永訣の朝」について、一度もこのブログで語ったことがありませんでした。

見識ある人が、日本近代詩の中からベスト5を選べば、おそらくは、100人中100人が、この宮沢賢治の詩「永訣の朝」をセレクションするでしょう。

あまりにも評価が高く、有名すぎるので、私は「永訣の朝」をこれまで取り上げなかったのでしょうか。

いえ、どうやら、その理由は他のところにあったようです。

では、さっそく、「永訣の朝」の全文を引用してみましょう。赤字部分には注釈があります。

永訣の朝

けふのうちに

とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ

みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ

あめゆじゆとてちてけんじや

うすあかくいつそう陰惨(いんざん)な雲から

みぞれはびちよびちよふつてくる

(あめゆじゆとてちてけんじや)

青い蓴菜(じゆんさい)のもやうのついた

これらふたつのかけた陶椀(たうわん)に

おまへがたべるあめゆきをとらうとして

わたくしはまがつたてつぽうだまのやうに

このくらいみぞれのなかに飛びだした

(あめゆじゆとてちてけんじや)

蒼鉛(さうえん)いろの暗い雲から

みぞれはびちよびちよ沈んでくる

ああとし子

死ぬといふいまごろになつて

わたくしをいつしやうあかるくするために

こんなさつぱりした雪のひとわんを

おまへはわたくしにたのんだのだ

ありがたうわたくしのけなげないもうとよ

わたくしもまつすぐにすすんでいくから

(あめゆじゆとてちてけんじや)

はげしいはげしい熱やあえぎのあひだから

おまへはわたくしにたのんだのだ

銀河や太陽、気圏などとよばれたせかいの

そらからおちた雪のさいごのひとわんを……

…ふたきれのみかげせきざいに

みぞれはさびしくたまつてゐる

わたくしはそのうへにあぶなくたち

雪と水とのまつしろな二相系(にさうけい)をたもち

すきとほるつめたい雫にみちた

このつややかな松のえだから

わたくしのやさしいいもうとの

さいごのたべものをもらつていかう

わたしたちがいつしよにそだつてきたあひだ

みなれたちやわんのこの藍のもやうにも

もうけふおまへはわかれてしまふ

(Ora Orade Shitori egumo)

ほんたうにけふおまへはわかれてしまふ

あぁあのとざされた病室の

くらいびやうぶやかやのなかに

やさしくあをじろく燃えてゐる

わたくしのけなげないもうとよ

この雪はどこをえらばうにも

あんまりどこもまつしろなのだ

あんなおそろしいみだれたそらから

このうつくしい雪がきたのだ

(うまれでくるたて

こんどはこたにわりやのごとばかりで

くるしまなあよにうまれてくる)

おまへがたべるこのふたわんのゆきに

わたくしはいまこころからいのる

どうかこれが兜率(とそつ)の天の食(じき)になつて

おまへとみんなとに聖い資糧(かて)をもたらすやうに

わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

「永訣の朝」の理解を助ける、言葉の注釈など

この「永訣の朝」を読む前に、予備知識はほとんど必要ないでしょう。

ただ、言葉の意味などについて少し知っていくと、理解しやすくなるかと思われますので、以下、記しておきます。

「永訣の朝」は宮沢賢治が二歳年下の妹である、とし子の詩を悼んだ連作詩「無声慟哭」の巻頭の一篇です。詩集「春と修羅」に収められています。

宮沢賢治は妹の詩に衝撃を受け、死後、即時にこの詩を書いたらしいのです。「無声慟哭」は五編の詩で構成されますが、いずれも優れたできばえとなっています。

とし子は、大正十一年十一月二十七日に死去。享年二十五歳でした。宮沢賢治は三十八歳まで生きています。

二相系」は、霙(みぞれ)が固相の氷と液相の水の二相を成していることを指しています。宮沢賢治は、天文学、気象学、地質学を学んでいたため、学術用語が詩の中に出てくるのです。

兜率(とそつ)の天」は、仏教で欲界六天の一つで、七宝の宮殿。内因には弥勒菩薩が住み、外院には天衆の遊楽の場所だといわれます。

宮沢賢治が「兜率(とそつ)の天」という難解な表現をしたことで、意味の解釈がややこしくなってしまいました。しかし、最初は「兜率(とそつ)の天の食(じき)」は「天上のアイスクリーム」となっていたものを後に改変したものなのです。

確かに、「天上のアイスクリーム」とすると、その部分だけが詩の中で浮いてしまう感じがしてしまいます。

「兜率(とそつ)の天の食(じき)」とした方が、風格、重みが出てくることは間違いありません。ただ、それによって意味がとりにくいという難が生じました。

詩に深読みは禁物です。「天上のアイスクリーム」を、重みのある表現に置き換えただけである、くらいにとらえておいた方が賢明です。

詩は数ヶ所でも意味がとりにくいとことがあると、読者の負担が大きくなり、と同時に詩に対する感動を純化しにくくなる(感動の純度が下がる)というデメリットが生まれやすいので、細かい言葉の解釈はほどほどにすべきだと思います。

作品の全体と部分は常に呼応していますが、部分よりも全体の方が大事であることは言うまでもありません。

そして何よりも大事なのは、詩の心臓ともいうべき、メインテーマ(主題)です。心臓部をしっかりとつかめていたら、詩の鑑賞はだいじゅぶ。

細部の研究は、時間のある時にしましょう。

「二相系」も「兜率(とそつ)の天の食(じき)」も、この世、即ち、俗界とは異なる、聖なる物を象徴しているのだと、考えれば充分でしょう。

あめゆじゆとてちてけんじや」は、花巻の方言で、漢字をまじえて書き直すと「雨雪取って来て呉(け)んじゃ」となります。

要するに「雨雪を取って来てください」という意味です。

Ora Orade Shitori egumo」は「おら おらで しとり えぐも」、即ち「私は私ひとりで行きます」の意。

簡単ではありますが、注釈は以上となります。

では、以下で、内容について考えてゆきましょう。

「永訣の朝」は、読んだ者の魂の風景を浄化してまう『聖なる威力』を持つ。

この感想文を書くために、読んだ本は、吉田精一「日本近代詩鑑賞 昭和編」、伊藤信吉「現代詩の鑑賞(下)」、山本健吉「こころのうた」、澤正宏・和田博文(編)「日本の詩 近代編」でした。

他の詩の鑑賞では、筆致の冴えを見せていた評論家たちも、こと「永訣の朝」となると、書き辛さばかりが目立っているようでした。

要するに、持て余しているのです。「永訣の朝」の凄まじいパワーに、たじたじという感じ。巧みにぬかりなく、解説をまとめあげている筆者は一人もいなかったのです。

「永訣の朝」は実は解釈とか解説のしようがない作品なのです。愛する者の死と向き合った宮澤賢治が、魂の漂白をしているだけの詩だから。

しかし、宮沢賢治の魂の漂白にはすさまじい迫力があり、その漂白を全面的に理解するのは、宮沢賢治と同レベルの生き方をし、同じように愛する者を失ったことがある者でないかぎり、とうてい無理であろうと、誰もが勘づいてしまう。

あとは、作者・宮澤賢治とどこまで向き合えるか。そして、読者である自分を、どこまで総動員して、宮沢賢治の魂と交信できるか。実は、それしかありません。

私がこれまで「永訣の朝」について語れなかったのは、宮沢賢治の魂と向き合う準備ができていなかったからです。

こういう詩は、素直に感動し、自分の魂のレベルで受け入れるしかありません。魂の詩には、魂で呼応するしかない。

「永訣の朝」の鑑賞や解釈が難しいと感じるのは、実は宮沢賢治の魂と真正面から向き合わなければいけないからです。

「永訣の朝」でなされた魂の漂白は、妹の死と嘆き哀しんでいるだけではありません。

妹の生き方、自分の生き方の確認作業を、全身の身体感覚を動員し、なおかつ魂の深淵から命の水を汲み上げるようにして言葉を発したことが、まずもって驚嘆に値する。

でもそれだけでは、歴史に残る、傑作を生みだせるわけではありません。

宮沢賢治の生き方そのものが実に尊いものであり、天の聖なるものと呼応し、多くの人々の幸を祈ることを許される稀有な人であったからこそ、私たちは深い感動を覚え、体全身が震え、魂を揺り動かされる。

その威力は台風や地震に似ているが、激しい風雨や揺れがおさまった後に残るのは、汚濁が流され生まれ変わったごとき光を放つ魂の風景なのです。

これほど、読んだ者の魂を浄化してくれる詩を、読んだことがない。

「永訣の朝」の詩としての成功は、詩人の修辞学の勝利ではありません。精一杯、生き、愛し、祈ってきた、宮沢賢治の人としての勝利なのだと思います。

宇宙的な広がり、天上の聖なるものとの呼応、魂が必然から生み出した独自の表現が、詩としての水準をさらに高めています。

しばしば比較される、高村光太郎の「レモン哀歌」と「永訣の朝」が異なるのは、宮沢賢治の野性的な身体感覚と宗教と科学が融合しているとも呼ぶべき宇宙感覚(天と呼応する能力)が、詩のスケールを大きくしていることにあります。

「永訣の朝」という、これほどまでの成果、いえ、聖なる果実を得られたことは、日本の近代詩どころか、日本人としての幸運だったと言えるでしょう。

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