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15年もの間、私がブログ記事を書き続けている理由。

15年以上もの間ずっと、私がブログ記事を書き続けている理由について、私のYouTubeチャンネルで語ろうと思ったのですが、うまくまとまらないような気がするので、ブログの方に先に書いてみたいと思います。

⇒そのYouTube動画はこちらに

私がブログを始めたのは2004年から、本格的に取り組みだしたのは2005年からです。今年が2019年ですから、もう15年くらいになるのです。

なぜ、私がブログを15年間も運営し続けているのか?

その答えを率直に申しますと、以下のようになります。

ブログを続けているのは、人でいたいから。人らしくあり続けたいからです。

実は、人が人らしく生きることは容易ではありません。それについて、以下で述べてみたいと思います。

人が人らしく生きることが難しい理由。

国は国民に税金を払わせることばかり考えている。政治家は口ではきれいごとを言うけれども、実は人を人だと思っていない節がある。

国民に自分の力でものを考える力を持たせたくないというのが本音でしょう。

政治家たちは国民を思うがままにコントロールしようとだけしている。

国の政治家だけではありません。

社会が、他人が、時には自分自身も、人が人でいないように仕向ける時がある。

自分の外部だけでなく、自分の内部にも、悪魔は住んでいる。

お金や権力を持つと、人を支配する悪魔に変貌してしまう危険性をうちにはらんでいる。

また一方では、弱いがために他者に支配されることを望んでしまうこともある。

では、人が人らしく生きるためには、具体的に何をしたら良いのでしょうか。

人が人らしくあるために自分がやっていること。

以下で、人が人らしく生きるために求められることをあげてみます。

1)経済的に自立するためにブログを運営。

企業などは従業員を利用して利益を上げることを最優先するため、従業員の人間性を無視することは珍しくありません。

企業に命令されたり、支配されないためには、会社に勤務するのではなく、経済的に自立するしかないのです。

私の場合は、企業にいいように使われることを避けるために、ブログを運営して経済活動をしています。

2)マスコミの偏向報道によってコントロールされないために、インターネットを活用して情報を入手。

インターネットの発達、ブログや動画配信サイトの普及によって、大手マスコミの情報支配が崩壊しました。

テレビ、新聞、雑誌などの偏向報道は今もなおすさまじいので、マスメディアにコントロールされないためには、ネットで情報収集するしかありません。

幸運なことに、ネットの情報の質は年々上がっており、かなり有益となっています。

3)歴史を学びなおし、自虐史観からの洗脳を解く。

私たちは、戦後の偏った歴史教育の悪しき洗礼を受けています。その悪質な洗脳から逃れるためには、自分自身で歴史を学びなおすしかありません。

幸運にも、自虐史観を否定する歴史学者や論客も増えており、正しい歴史認識を持つことは容易となっています。

いかがでしょうか。以上の3点は、私の生き方の基本であるとともに、ブログワークの基本にもなっています。

人らしくあるとは、人の弱さを認めた上で強くろうとすること。

人はもともと弱い存在です。弱いからこそ、自ら奴隷であろうとさえしてしまうこともあります。

私は人の弱さを否定しようとは思いません。

弱いからこそ、人は愛らしい。

愛すべき人間とは、自分の弱さを知り、少しだけでも強くなろうと精進努力する人を指すのではないでしょうか。

私は極めて小規模ではありますが、ブログ塾を運営しています。

もちろん、ブログを活用した収益化も伝授し、経済的な自立のお手伝いもしているのです。

もしも、人がみなお金の亡者(もうじゃ)であり、お金のためならば何でもする、いくらでも頑張れるのだとしたら、私は必要ありません。

人は弱い。弱いから、お金が欲しくても、自立するために頑張りきれる人は多くはありません。

そういう弱い人こそを、私は応援したいと思っています。

私は風花未来というハンドルネームで活動しているのですが、風花未来の「風」は「幸運の風を呼び込む」の「風」を、「花」は「自分らしい花を咲かせる」の「花」を意味しています。

でも、もともとの「風花」は「晴天の日に風に乗って舞ってくる雪」を指す言葉です。「風花」ほど、はかなく美しい日本語はない、と私はひそかに感じています。

三好達治の詩に「淡くかなしきもののふるなり」という詩がありますが、そうした「はかない存在」を私は愛しております。

私は「もののあはれ」がわかる、繊細な人が好きです。

というか、人は一人の例外もなく、詩人であり、「もののあはれ」を知らぬ日本人などいないと私は信じています。

私は弱いけれども、少しでも強くなろうと願っている人たちの力なりたいのです。微力ではありますが、時には自分以上に他人の幸福を祈るように願う人たちを応援したいと思っています。

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