風花未来の詩「ありがとう、スワン」をご紹介します。
ありがとう、スワン
視界から完全に
スワンが消え去った
天使も
ホワイト・エンジェルの
気配さえ
化学療法室にはなかった
なぜか
その理由が
1ヶ月以上先の
手術を待つ身となり
抗がん剤投与が
休止となり
8時間以上の手術に耐えるため
体力づくりを
始めるようになって
ようやく
わかりはじめた
今から4ヶ月前
余命3ヶ月の宣告を受けて
私は化学療法室に入った
抗がん剤が効いて
余命は伸びた
手術が成功すれば
根治もありうるという
では
主治医の
余命3ヶ月宣告は
誤りだったのか
そうではない
余命3ヶ月宣告は
極めて適切な判断だった
肝臓が癌に支配され
手術は不可能だった
肝臓癌は転移しやすく
極めて危険な癌なのである
だから
初めて化学療法室に入った時
私は
生と死の
分水嶺に立っていたと言える
癌が増殖し
転移してしまったら
私は3ヶ月どころか
1ヶ月も生きられなかっただろう
生と死の分水嶺に
私がいたからこそ
天使が
スワンが
ホワイト・エンジェルが
私に寄り添ってくれたのだ
あの時
私が死の方に向かえば
私は天使とともに
天上界に召されて
行っただろう
スワンは
私がなりたかった自分を
指し示してくれ
ホワイト・エンジェルは
私が本当の自分になって
天国に行くことを
助けてくれたに違いない
生と死の分水嶺にいた私は
スワンたちのおかげで
私は死ではなく
生の方に
進みはじめた
癌は手術が可能なほど
小さくなった
もう
手術以外の選択肢はない
抗がん剤の副作用に
あえぎ苦しむのではなく
大手術に耐えらえれる
体力を養う時に
切り替わったのだ
地上界という過酷の場所で
さらに生き続けるために
もう
スワンたちは
私に寄り添う必要はない
と判断したのだろうか
今の私は
一本の細い綱の上を
V字バランスよろしく
かろうじて
立っている状態
死の谷底に落ちないように
手術という前方だけを見つめて
おずおずと
前進している状態なのだ
それなのに
スワンたちは
跡形もなく
消えてしまった
この喪失感は
決して小さくはない
ここが正念場
スワンが
私には
寄り添わなくても
もう大丈夫だと判断したからこそ
消えてしまったのだろう
それとも
もっと大きな存在
グレイトマザー(大母)ともよぶべき
崇高かつ巨大な愛の神が
スワンを
私の前から
立ち去らせたのか
それはわからないが
ともかく
私は
大丈夫なのだろう
もし
手術中に
また手術後に
生死の間を
さまようことになれば
また
スワンは
あらわれるかもしれない
いや
それよりも
ありがとう
スワン
と素直に
今だからこそ
お礼を言いたい
祈りを捧げたい
大手術という
生と死の間に
もう一度立つことになる
スワンが教えてくれたように
あくまで自分らしく
自分の運命に殉じたい
スワンは視界からは消えたが
私の中では
これからも
永遠に生き続けるだろう
本当に
ありがとう
スワン
ありがとう……
風花未来の詩の中に登場する「天使」「スワン」「ホワイト・エンジェル」には、特別な意味が付与されています。
その意味をご理解いただくには、風花未来の他の詩をお読みいただく必要があるのです。
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