金子みすゞの「お乳(ちち)の川」というをご紹介します。

 

お乳の川

 

なくな、仔犬よ、

日がくれる。

 

暮れりや

母さんゐなくとも、

 

紺の夜ぞらに

ほんのりと

お乳の川が

みえよもの。

 

この詩によって提示される状況は、読んでのとおり、絶望的な状況です。

 

母親から離れた仔犬の気持ちになってみると、切ないやら、哀しいやらで、夕暮れ時の寂しさが、身につまされます。

 

ところが、「母さんゐなくとも」に続く、最後の連では、一転、ポジティブな調子に変わるのですね。

 

前半と後半で、ガラッと、雰囲気が変わるのは、金子みすゞの詩の特徴の一つ。

明るく歌ったところで、状況は変わりません。変わらなくても、美しい天の川(お乳の川)が見れるじゃないか、と金子みすゞは、仔犬を励まします。

 

おそらくは、この時、金子みすゞは、自分自身をも激励しているのでしょう。

 

母乳も飲めずにお腹をすかせている仔犬に対し、天の川をお乳の川に例えて(比喩を用いて)励ましてしまうところが、「みすゞ節」ですね。

 

何とも、優しく、何とも、はかない。

 

あまりに有名ではない、この「お乳の川」は、辛い人生を生きつつも、生きとし生けるものへの愛情を失わず、利他愛の詩を書き続けた金子みすずらしい、隠れ名作と呼ぶべきでしょうか。

 

金子みすずらしいと言えば、金子みすゞが得意とする技法も、ここでは存分に活用されています。

 

この詩「お乳の川」で使われている修辞法は、倒置、比喩、視点の移動、対比、擬人法です。

 

中でも、視点の移動と対比は鮮やかに決まっています。

 

仔犬という極小の視点から、空という極大への視点への移動と対比が実に効果的。

 

もちろん、仔犬も擬人法によって、人の同じ感情を持っているように描かれているので、ごく自然に、私たち読者は、この詩に感情移入できるのです。

 

この詩「お乳の川」の最大の魅力は、金子みすゞの愛情の純粋さに他なりません。生きとし生けるものを慈しむ、みすゞの優しい気持ちが、私たちの心にしみるのです。

 

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