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山のあなたの空遠く 幸い住むとひとのいう

何かが、遠くで揺らめいています。

最近、一つの想いが日増しに強くなっていて、切ないような哀しいような気分になり、こうしてキーボードを打っている次第です。文章にすれば、その想いは、少しは和らぐのか、それは全く予想がつきません。

かなたに揺れているもの、あるいは揺らいでいるといった方がいいのか、そうした不確かなものが、確かにあると感じているのですが、どうにも、それを捕えようがなく、ただ、その揺らぎをじっと感じているしかないのです。

秋だから、少しセンチメンタルになっているだろうと片付けたいのですが、どうやら、それほど簡単には済みそうにありません。

そんな折り、ほとんど偶然ですが、ドイツのカール・ブッセという詩人の詩を再読する機会があり、「うっ!」と思わず、声をもらしそうになりました。

非常に短い詩ですので、さっそく、その全文を引いてみましょう。手元にあるのは、中野好夫の「文学の常識」という角川文庫です。その中からの引用となります。

山のあなたの空遠く
幸い住むとひとのいう

ああ、われひとと尋(と)めゆきて
涙さしぐみかえり来(き)ぬ

山のあなたになおとおく
幸い住むとひとのいう

解釈の必要もないほど、たいへんわかりやすい詩ですよね。

ただ、古い言葉づかいがありますので、一応、語句の意味を説明しておきます。

「尋(と)めゆく」は「探しに行く」という意味。「さしぐむ」は「目に涙がわいてくる。涙ぐむ」の意。

現実の生活ではどうしても満たされないものを感じているのだけれど、どうやら、それは「山のあなた」にあるらしい。だから、実際に尋ねてみたけれど、「幸い」という名の何かは、そこにはなく、涙にくれるしかなかった。しかし、あの山をもう一つ越えれば、その向こう側に「幸い」はあるというのだが……というくらいの意味でしょう。

この詩を、青春の感傷にすぎないと切り捨てることは、今の私には到底できません。

というか、人生も、また人のあらゆる表現も、この一遍の詩に集約されるのではないか、とさえ思ってしまうくらいなのです。

若山牧水の以下の短歌も同様のテーマを歌っていますね。

幾山川越えさり行かば寂しさの果てなむ国ぞ今日も旅ゆく

今の私は、かなたで揺れるものの存在を感じています。ただ、それが何なのかも、判然としません。時には、それは蜃気楼のようなものかもしれないと思ったりもします。

確かに、蜃気楼のように揺らめいていることは確かです。心の渇きがつのってきて、かなたで揺れるものを幻視させているのでしょうか。

その揺れるものを、「夢」とか「希望」とか「憧れ」といった言葉に当てはめれば、またはカール・ブッセのように「幸い」と言ってしまえば、気持ちが休まるとも思えないのです。

かなたで揺れる何かは、たぶん手で握れるものではないでしょうし、肉眼で形や色を確認できるものでも、おそらくはないでしょう。

「山のあなたに」の詩は、上田敏の有名な翻訳詩集「海潮音」に収録されています。今の私に、とりあえずできることといったら、上田敏の全訳詩集を注文することくらいでした。

このブログのテーマに「日本語の美しさ」の再発見がありますが、上田敏の訳詩にも、貴重な発見があるのではないかと期待はしています。

繰り返しますが、「山のあなた」の詩は、青春の詩ではないですね。年を重ねるごとに重みを増す、あるいは人を惑わす詩だと、ようやく気が付きました。

かなたで揺らめくもの、それが消えてしまったら、いったい私はどうなるのか……その方が怖いような気もするのです。

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