「鍵泥棒のメソッド」に続いて、田中けんじ監督の映画を取り上げます。今回は「運命じゃない人」です。
この監督は「構成オタク」なのではないかと思うほど、限界まで構成(プロット)が練られています。「鍵泥棒のメソッド」は、役者の強烈なオーラが魅力の一つなのですが、この「運命じゃない人」にはそれは薄いと言わざるをえません。
それでも、視聴者に文句なく「おもしろい!」と言わせてしまうのは、多視点の採用と先を読ませない展開があるからです。
各章を違う人物の視点から描いてゆく手法を活かした映画の最高峰は、黒澤明の「羅生門」でしょう。この「運命じゃない人」が「羅生門」と異なるのは、喜劇であること、テーマ性よりもゲーム性が強いことです。
構成が生み出す快感の切れ味は「運命じゃない人」の方が上かもしれません。
一方で、映画としてのテーマが弱いのではないか、という声が聞こえてきそうです。
強烈なテーマはないのですが、かといって、ゲーム性だけの映画ではありません。
田中けんじ監督の映画には「人って、やっぱり、愛しいね」という思いが共通して込められています。ただ、それが湿り気をおさえた喜劇という形式を採用しているために、前面に出てこないだけです。
それにしても、この水準まで構成を仕上げる才能は、なかなかのものですね。最近の日本映画にうんざりしている人たちも、田中けんじ監督の出現により、「邦画を諦めてはいけない」と感じるのではないでしょうか。