詩集のおすすめ10選」では、広く知られている詩、元気をもらえる詩など、初心者の方にも安心して味わっていただける、親しみやすい詩集を厳選いたしました。

 

このページでお届けする「詩集のおすすめ10選」は、以下の2つの条件で選んでいます。

 

1)忘れかけていた大切なもの(心のふるさと)に出逢える(取り戻せる)

 

2)前向きに未来志向で、毎日を豊か(創造的)に暮らすことに役立つ。

 

詩としての完成度、芸術的な価値、感性の鋭さ、魂の純粋さなどより、表現がわかりやすく、物事の本質を鮮明に見せてくれ、未来への明るい提案が含まれていることを重視しました。

 

まど・みちお詩集

 

 

まど・みちおの人気は地味ではありますが、年々高まっているように感じます。人気があるので、詩集も何冊か出版されており、私は文庫本の詩集はすべて購入しました。など・みちおの詩集は絶版になってほしくありませんね。

 

「ぞうさん」で有名な詩人の代表作が集められています。装飾を排除したシンプルな表現の中に、美しい日本語の豊かな可能性がキラリ。

 

金子みすゞ詩集

 

 

ひょっとすると、今もっとも人気があるのが、金子みすゞかもしれません。平易な表現の中に深い真理が隠されており、また温かい愛情にあふれています。本質をつく鋭さと純粋な愛が、金子みすゞの魅力です。

 

高村光太郎詩集

 

 

高村光太郎の詩集は複数冊持っておいてほしいですね。最低でも2冊、愛妻への愛をテーマにした「智恵子抄」と、その他の詩もあわせて収録している、いわゆる総合版の「高村光太郎詩集」の2冊です。何しろ、長く生きた人であり、作品数は多い。でも、駄作が少ないのも高村光太郎の特長だと言えるでしょう。

 

「智恵子抄」には、高村光太郎の妻・智恵子を題材とした詩とエッセイが集められています。

 

高村光太郎の詩には彼独自の詩語が多く、慣れていないと難解だと勘違いしてしまいかねません。実は難解どころか、極めて単純なことを主張しているのですが、そうした読み違いの心配が全くないのが、この「智恵子抄」。

 

妻との愛がテーマだからです。妻との純愛を結晶化した稀有な詩空間は、永遠の輝きを持っています。

 

●坂村真民詩集

 

 

「仏教」と「農業」と「家族愛」の詩人などと、レッテルを貼るつもりはありません。ただ、「土」の素朴さ、「仏」のような慈愛、人間すべてを家族のように慈しむ「愛」が、坂村真民の詩には脈打っていることは確かです。

 

混迷の時代を生きぬくために、坂村真民の詩から勇気をもらってください。

 

坂村真民は2006年まで生きておられた現代詩人です。それなのに、現代という時代に汚染されず、読む者の心に深い安らぎを与えるという奇跡を起こした人でした。

 

「自分の道をまっすぐゆこう」では、全詩集8巻の作品のなかから、90篇の詩が厳選されています。「念ずれば花ひらく」「二度とない人生だから」など代表作も収録されているので、坂村真民の入門書としてオススメします。

 

中原中也詩集

 

 

日本の近代詩人の中で、圧倒的に多くの読者を集めてきたのが、中原中也です。しかし、最近は、金子みすゞ、まど・みちお、八木重吉の方に読者が流れている気もします。時代のキャパシティーが小さくなり、異端児である中原中也を受けいれにくくなっているのかもしれません。この生きにくい時代において、もう一度、中原中也の評価をやりなおす(異なる視点から再評価する)必要があると私は感じています。

 

三好達治の詩集

 

 

三好達治には、他の詩人のような華やかさはありません。スター性が薄いと言うべきでしょうか。しかし、三好達治の詩の完成度は、日本近代詩、いえ日本文学の確かな成果です。もっと多くの人に読まれてほしい。多くの日本人が、日常生活で三好達治の詩の話をするようになれば、もう日本を文化不毛の国と呼ばなくなるでしょう。

 

新潮文庫の「三好達治詩集」を、今回読み返してみて、その中では圧倒的に詩集「測量船」に収録されている詩が優れていると強く感じました。

 

そこで、しっかりとこの詩集「測量船」を読んでみたくなり、講談社文芸文庫を買いなおした次第です。

 

なぜ、三好達治の詩を読んでいただきたいのか?

 

それは情報過多社会に生きる私たちの荒れやすい感性を、三好達治ほど癒し、修復してくれる言葉の使い手は少ないと痛感しているからです。

 

「あわれ花びらながれ おみなごに花びらながれ おみなごしめやかに語らひあゆみ」という歌いだしで有名な「甃(いし)のうえ」など、三好達治の麗しい抒情詩は、慈雨のように感じられることでしょう。

 

八木重吉詩集

 

 

私が最も愛した詩人の一人が、八木重吉です。「純粋」という言葉を安易に使いたくありませんが、やはり、八木重吉ほど「純粋」な詩人はいないと私は今もなお信じています。詩人独特の孤独な魂を持った人ですが、良妻に恵まれ、家族愛に包まれて暮らしたことが、八木重吉の詩に「不思議な安息」を与え、その安息によって読者は癒されているのだと思います。

 

吉野弘詩集

 

 

本来ならば、詩と呼べない散文のような形態をとりつつ、その独特の語りは、やはり詩以外の何ものでもない、そう思わせてくれる、貴重な現代詩人、それが吉野弘です。吉野弘の詩が多くの人を感動させるのは、彼が愛したのは、詩ではなく、人間であったことに起因するのでしょう。吉野弘は人間愛の詩人です。

 

立原道造詩集

 

 

ソネット形式が日本語に適しているかどうか、はなはだ疑わしいのですが、立原道造は、とてつもなく美しいソネット形式の詩を生み出してくれました。立原にとって、詩は精緻な建築物だったのですが、その詩は、意図的かつ計算し尽くされて作られたということを、微塵も感じさせないほど、滑らかな音律のように心に沁みるのです。

 

石川啄木詩集

 

 

石川啄木の短歌は、短歌というジャンルではくくれません。三行詩と呼ぶべきか? 啄木の出現で短歌は変わりました。そして、啄木以降、さまざまな新しさを求めた歌人が登場しましたが、それは技巧的な新しさというか、表面的な小手先の新しさのように感じられてなりません。啄木は、自分の感性に素直に歌ったら(体ごと短歌に衝突、あるいは没入して)、全く新しい短歌をテクニックではなく、無防備な突撃によって生み出されていたのです。

 

感覚的な文章は生き生きとして、読んでいるとワクワクしてきます。では、どうしたらそのような文章が書けるようになるのでしょうか。

 

みずみずしい感覚的な文章を書くには、筆者の感性が開いている必要があります。多くの人が気づいていないのですが、感覚と閉じたまま文章を書いているために、文章に色合いや躍動感が出てこないのです。

 

読んでいて知らぬ間に自分の感性を開いてくれる小宇宙があります。それが、石川啄木の短歌です。

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