まど・みちおの「イナゴ」という詩をご紹介します。
イナゴ
はっぱにとまった
イナゴの目に
一てん
もえている夕やけ
でも イナゴは
ぼくしか見ていないのだ
エンジンをかけたまま
いつでもにげられるしせいで・・・
ああ 強い生きものと
よわい生きもののあいだを
川のように流れる
イネのにおい!
子どもの頃に、昆虫を追いかけました経験のある人は、まど・みちおの「イナゴ」に描かれた状況は簡単に理解できるでしょう。
ただ、こうした状況を切り取るだけなら、詩とは呼べないわけですが、最後の連で、まど・みちおは、いわゆる「みちお節」をうなってくれました。
ああ 強い生きものと
よわい生きもののあいだを
川のように流れる
イネのにおい!
まど・みちおの凄いのは、人間を「強い生きもの」と、イナゴを「よわい生きもの」と言い換えたことではなく、最後にいきなり「イネ」を登場させてことにあります。
しかも、イネの「におい」が主役であり、その「におい」は「川のように流れる」と書いてしまったのだから大変です。
イネだって、カラスに食い荒らされたり、最終的には、人間に食べられてしまう。
そうした、残虐非道でキラキラしている生命の世界を、食物連鎖という概念ではなく、生命界というのはこういうものだし、ものすごく濃密な劇が毎日上演されている……その濃いシナリオのない神の演出もまた、極めて濃く、「イネ」のにおいのように、野生的で、たくましい……こういう劇が生命界(たしか人間も入っているはずの世界)の本来の姿なのだし、どうしようもないから美しいということを、一切の説明もなく表現したのが「イナゴ」という詩だと私は今感じながら、このレビュー記事を書き終えようとしています。