中原中也の「桑名の駅」という詩をご紹介します。
桑名の駅
桑名の夜は暗かった
蛙がコロコロ鳴いていた
夜更の駅には駅長が
綺麗(きれい)な砂利を敷き詰めた
プラットホームに只(ただ)独り
ランプを持って立っていた
桑名の夜は暗かった
蛙がコロコロ泣いていた
焼蛤貝(やきはまぐり)の桑名とは
此処(ここ)のことかと思ったから
駅長さんに訊(たず)ねたら
そうだと云って笑ってた
桑名の夜は暗かった
蛙がコロコロ鳴いていた
大雨の、霽(あが)ったばかりのその夜(よる)は
風もなければ暗かった
(一九三五・八・一二)
「此の夜、上京の途なりしが、京都大阪間の不通のため、臨時関西線を運転す」
中原中也の詩の中で、私が特に好きな詩作品がこの「桑名の駅」です。
寂しいけれど、どこかお道化(どけ)ていて、ユーモアが滲んでいるのが、いかにも中也節っぽくて好ましい。
その中也らしい詩の雰囲気を、七五調のリズムが、いわゆる「中也節」を形成しています。
暗くて静かな駅が舞台。登場人物は、駅長と中也だけ。
暗くて静かな舞台だからこそ、蛙の鳴き声(音声)、二人の会話(音声)と、ランプの灯り(映像)、綺麗な砂利(映像)が、引き立っています。
詩というより、小劇場で二人芝居を見ているような感じがする、不思議な隠れ名作、それが私にとっての「桑名の駅」なのです。