今回は八木重吉の「」というをご紹介。

 

さっそく、引用してみましょう。

 

 

虫が鳴いてる
いま ないておかなければ
もう駄目だというふうに鳴いてる
しぜんと
涙がさそわれる

 

虫の鳴き声を聴いていて「いま ないておかなければ もう駄目だというふうに鳴いてる」と感じる、ということは、八木自身、自分の命はもうそんなに長くないと思っているのかもしれない、と思うのは自然でしょう。

 

この「虫」という詩を書いてから、八木重吉がどれくらいの年月を生きたのか、調べたことがないので、わかりません。

 

戦前までの詩人の多くは、30歳くらいまでに死んでしまいました。

 

八木重吉もまた29歳という若さで亡くなった、いわゆる夭折詩人の一人です。

 

そういう「生きることが詩」「詩を書くことが生きること」である詩人は、日常から、死を意識して生きているものです。

 

その意味から、八木重吉が虫の鳴き声を聞いて「いま ないておかなければ もう駄目だというふうに鳴いてる」と感じても、何の不思議もありません。

 

自身の強い実感を、短くわかりやすい詩にまとめあげたこと、というより、もとより表現技術や詩の修辞学を無視して詩作し続けた八木が、ごく自然に表出したことを素直に受け入れるべきでしょう。

 

表現が単純すぎるとか、わかりやすくて深みがない、と批判するのは的外れだとしか言いようがありません。

 

切実な思いを、限界まで平易にあらわしたからこそ、素晴らしいのです。

 

以上の理由から、私はこの「虫」を、八木重吉の詩の到達点として評価しています。