とんでもない」という言葉を謙遜の気持ちを込めて丁寧に言ったつもりで「とんでもありません」とか「とんでもございません」と口にしてはいませんか?

 

この「とんでもありません」「とんでもございません」は、そもそも日本語の用法として間違っていることを、まずご理解ください。

 

「とんでもない」を辞書で調べてみましょう。

 

とんでも な・い ( 形 )

 

〔「途(と)でもない」の転という〕

 

1)全く思いがけない。常識では考えられない。意外だ。とほうもない。 「海上都市とは-・い計画だ」 「 - ・い時間に訪問して恐縮です」

 

2)(非難する気持ちをこめて)たいへんなことだ。けしからん。 「全く-・いことをしでかしてくれた」 「 - ・いぬれぎぬだ」

 

3)相手の言うことを強く否定する語。 「『景気がよさそうだな』『-・い,赤字で困っている』」 〔「とんでもない」の丁寧な言い方としては,「とんでものうございます」「とんでもないことでございます」があり,「とんでもございません」は誤った言い方とされるが,現在はかなり広がっている〕(引用元:三省堂 大辞林)

 

「とんでもない」は「とんでもな・い」という形の言葉です。「少ない」や「危ない」と同様に「……な」までが語幹。

 

「とんでもない」の「ない」は否定の「ぬ」と同じ意味をあらわしているわけではなく、「読まない」の「ない」とは違うのです。

 

「とんでもない」という言葉は「とんでも・ある」「とんでも・ない」というふうに使う言葉ではありません。

 

したがって「とんでもない」の「ない」を切り離して「ありません」「ございません」と入れ替えるのは、敬語として、日本語の使い方として間違っているのです。

 

では、「とんでもない」を正しい敬語(丁寧語)に言い換えると、どうなるのでしょうか?

正しくは「とんでもないことです」「とんでものうございます」「とんでもないことでございます」と言うべきです。「とんでもございません」は、語法的に間違っています。

 

しかし、ここで「とんでもございません」は「本当に使ってはいけないのか? 使ってもいいのではないか? いや、他の言葉に置き換えるべきだ……」などの意見が出てくるのですね。

 

実際、上の大辞林の「とんでもない」の説明にあるように、「とんでもございません」は現在では広く使われています。

 

2007年(平成19年)文科省直下の文化審議会が発表した「敬語の指針」によると、相手からの褒めや賞賛などを軽く打ち消すときの表現として「とんでもございません(とんでもありません)」を使うことは問題がないという指針が示されました。

 

ややこしくなってきましたね。文法的、語法的に間違った言葉であっても、時代の変化によって、使う人の気持ちを表現しやすい言葉となった時、その言葉は社会から受け入れられ、政府や辞書も使っても良い言葉として認めるのだと思います。

 

では「とんでもない」という言葉を、正しい敬語に言い換えるための対策をお示しします。

 

1)相手から褒められた時には「とんでもございません」ではなく「恐れ入ります」か「お気遣いありがとうございます」を使う。

 

そもそも、敬語とは、人間関係を良好に保つために使うべきです。その視点で考えると、おのずと答えは出るでしょう。

 

「とんでもございません」をなぜ使ってはいけないのか?

 

それは、「とんでもございません」という言葉は社会から受け入れられつつあるといっても、あなたが「とんでもございません」と言った時に、中には、あなたが謙遜の意味で言っているのを察しながらも「この人間は敬語の使い方も知らないのか」と不快な気持ちになる(あなたへの評価を下げる)人もいるかもしれないからです。

 

ですから、謙遜の意味を込めて、丁寧に言いたい場合には「恐れ入ります」か「お気遣いいただきありがとうございます」を使いましょう。

 

同じようなシチュエーションで使える、その他の表現をあげてみましょう。

 

身に余るお褒めの言葉を頂戴し、誠にありがとうございます」「過分のお褒めをいただきまして、恐縮に存じます」「お褒めをいただきまして、身にあまる光栄と存じます

 

2)相手の意見を強く否定したい場合には「とんでもないことでございます」か「とんでもないことです」を使う。

 

「それはとんでもないことだ」と強く否定の気持ちを表したい時には「とんでもないことです」か「とんでもないことでございます」を使いましょう。

 

ただし、褒められた時に謙遜の意味を込めて「とんでもないことでございます」とは言わない方が無難です。

 

なぜなら、「とんでもない」には相手の言うことを強く否定する時にも使うので、人によっては「とんでもないことでございます」という言葉に謙遜の気持ちを込めて言っても、自分の意見を強く否定されたと勘違いされる場合もあるから。

 

目上の人に褒められた時に「とんでもないことでございます」と使うと、失礼になる場合がありますので、注意してください。

 

したがって、「とんでもないことです」や「とんでもないことでございます」は、強く否定したい場合にのみ使い、謙遜の気持ちを込めたい時には「恐れ入ります」か「お気づかいいただきありがとうございます」を使うようにすると、リスクを減らせるでしょう。

 

しかし、この対策では、完全には解決しないような感じが残ります。

 

その感じとは、何か?

 

「とんでもないことでございます」という言葉の語呂の悪さです。敬語として正しいのは理解できますが、実社会で実際に使うでしょうか。また、使うべきでしょうか。

 

現在の感覚に良く合うという視点から判断するなら、「とんでもございません」を使った方が気持ちを率直に表現しやすいとも言えますね。現代の感覚(今という時代の空気)にも合うようにも思います。

 

文法的に正しくても、感情を表しにくい言葉は使われなくなってゆき、日本語の語法として間違っていても、感情をピタッと表現できる言葉は使われてゆきます。

 

「間違えやすい日本語」といった類の本は「日本人としてこれくらいは理解しておきなさい」という視点から書かれているのがほとんどです。

 

しかし、社会でしばしば間違って使われ、間違って理解されがちな日本語は、それ自体が時代に合わなくなっていることの証明でもある場合も多いことを見過ごしてはいけません。

 

正しいとされるけれども使いにくい、古くてニュアンスがうまく伝わりにくい文法的に正しい日本語は、日本語の語法としても間違いがなく、感情をピタッと表現できる、誤解を生みにくい言葉に、言い換えてゆけば良いのでしょう。

 

問題は、しばしば、文法的に間違った言葉の方が、使いやすい場合があること。

 

「とんでもないことでございます」が言いにくければ(場の空気に合わなければ)、他の表現に言い換えてみましょう。

 

はなはだしい間違いだと存じます」「きわめて不適切だと存じます

 

「的を得た」が間違いで「的を射た」が正しいという意見について議論を戦わすことも意味があると思います。

 

しかし、その一方で、どうしても、ぎこちないとか、時代の空気に合わない気がすると感じたら、他の表現に置き換えてみることも有益でしょう。

 

「的を得る」「的を射る」は、「核心をつく」「本質を言い当てる」などの言葉に言い換えることができます。

 

「的を得る」「的を射る」については、こちらの記事で詳しく解説してましたのでご覧ください

 

ともあれ、ただ単に「この日本語は間違っているよ」という指摘だけでなく、現代の感覚にマッチした言葉を提案することも大事だと思います。

 

その他の間違いやすい日本語はこちらへ