黒澤明(くろさわあきら)監督の映画「隠し砦の三悪人(かくしとりでのさんあくにん)」を久しぶりに見返しました。

 

劇場で一度見たきりで、その後は見ていなかったのです。今回はインターネットのストリーム配信で見ました。

 

今回の鑑賞でキッチリと確認できることがありましたので、それについてお伝えいたします。

「隠し砦の三悪人」1958年(昭和33年)に公開されました。黒澤明の映画を鑑賞する時、公開された年を確認することは大事だと思っています。

 

ちなみに、「隠し砦の三悪人」は「用心棒(1961年)」「椿三十郎(1962年)」より前に、そして「七人の侍(1954年)」より後に作られているは確認しておく必要があるでしょう。

 

黒澤明の全31作を見た者として、また繰り返し鑑賞している者として、確認しておきたいのは、黒澤明の全盛期です。

 

映画としてのトータルパワーが最も高い作品が発表され続けたのは、1950年~1954年までです。

 

羅生門」「白痴」「生きる」「七人の侍が、この黄金の4年間に、毎年一作ずつ公開されました。

 

4作品は、いずれも黒澤明映画の頂点を示す傑作だと言えるでしょう。

 

ここでもう一つ確認しておきたいのは、「隠し砦の三悪人」が公開されるまでに制作された作品です。

 

「七人の侍(1954年)」から「隠し砦の三悪人(1958年)」に至るまで、以下の映画が公開されています。

 

「生きものの記録(1955年)」「蜘蛛巣城(1957年)」「どん底(1957年)」

いかがでしょうか。

 

それぞれ、制作意図は明確であり、異色作です。しかし、映画として面白いか、完成度は高いか、成功しているかと聞かれたら、ちゅうちょせざるを得ません。

 

「隠し砦の三悪人」の前に制作された三作品に共通するのは、作品の底流に流れる「重苦しさ」です。「七人の侍」で開花したエンターテインメント性は影を潜めていたのです。

 

その反動であるかのように、「隠し砦の三悪人」はエンターテインメント作品に徹しています。

 

「重苦しさ」を吹っ飛ばした、娯楽活劇。

 

黒澤明は心理劇を描くとどうしても重苦しくなるのですが、そういう要素は排除し、シネスコープの大画面を生かしたアクションを中心に映画を構成。

 

黒澤明の全作品の中で「隠し砦の三悪人」ほど、アクションが冴えている映画は他にはありません。

 

物語の設定と展開、人物配置も、ハリウッド映画の教科書のように単純です。

 

それだからこそ、理屈なしに面白く、娯楽映画として存分に楽しめます。

 

「ロードムービー」「アクション映画」「バディー(相棒)もの」など、エンタメ要素ふんだんに取り入れ、それらを黒澤明流にアレンジして、独自の娯楽大作にまで高めているのは、さすがに世界の黒澤明です。

 

しかし、先ほど述べました黒澤明の頂点を示す4作品、「羅生門」「白痴」「生きる」「七人の侍」にあった深み、人間探求といったものが「隠し砦の三悪人」にはありません。

 

また、三船敏郎が演じた侍大将も、他の黒澤作品になる「人間としての魅力」には欠けます。

 

それは黒澤明監督が、ロードムービー、アクション映画としての形式を重んじ、その魅力を最大限に生かすために、あえて「人間の探求」というメッセージ性を封印した結果にほかなりません。

 

映像表現としては、全盛期の作品よりも「隠し砦の三悪人」は遥かに洗練され、進化しています。

 

これほど見事なアクション映画は滅多にあるものではなく、ぜひとも劇場で見たい貴重な作品であることは間違いありません。

 

しかし私としては、人間ドラマとして見たいのは「七人の侍」であり、娯楽時代劇として見たいのは「椿三十郎」です。

 

なぜなら、その中で呼吸している人間が極めて人間臭く面白いからです。見ていて、人間的に解放されるように快感がそこにあるからです。

 

アクション映画としても「七人の侍」は面白いのですが、そこには黒澤明が敬愛したトルストイやドストエフスキーの影響が色濃く見られます。

 

手法はジョンフォード的(アメリカ的)ですが、心はドストエフスキー的(ロシア文学的)なのが「七人の侍」なのです。

 

「隠し砦の三悪人」に出てくる人物は、型にはまりすぎていて、娯楽映画としてキャラ立ちしているものの、深みが足りないと感じてしまいます。

 

私は、かなりの贅沢を言っていますよね(苦笑)。

 

今回の鑑賞で「隠し砦の三悪人」が嫌いになったわけではありません。「人間探求」をしようとする思い込みが強すぎて、映画として面白くなくなってしまった作品よりは、ずっと映画として楽しめます。

 

最後に「隠し砦の三悪人」はシネスコサイズ(横長の画面)の映画です。劇場でその大迫力を、もう一度味わってみたいと思います。