もし私が「日本語で書かれた最も美しい詩、即ち日本一美しい詩は?」と質問されたら、ちゅうちょなく挙げる作品があります。
日本語で書かれた美しい詩ベスト1(日本一美しい詩)を書いた人は、意外にも詩人ではありません。兵士であり、学生であった、無名の若者です。
せっかくの機会ですから、全文を引用してみますね。引用元は「きけ わだつみのこえ―日本戦没学生の手記 (岩波文庫)」
この詩は、日本一を超えて、世界一美しい詩である、と言ってしまいたくなる衝動を抑えかねているのです。
水汲み
はだしの少女は
髪に紅い野薔薇を挿し
夕日の坂を降りて来る。
石だたみの上に
少女の足は白くやわらかい。
夕餉の水を汲みに
彼女は城外の流れまでゆくのだ。
しずかな光のきらめく水をすくって
彼女はしばらく地平線の入日に見入る。
果てしもない緑の海の彼方に
彼女の幸福が消えてゆくように思う。
おおきな赤い大陸の太陽は
今日も五月の美しさを彼女に教えた。
揚柳の小枝に野鳩が鳴いている。
日が落ちても彼女はもう悲しまない。
太陽は明日を約束してわかれたからだ。
少女はしっかりと足を踏んで
夕ぐれに忙しい城内の町へ
美しい水を湛えてかえってゆくのだ。
作者は田辺利宏さん。
ご存知ない方が多いかと思いますが、昭和16年に中国で戦死した方です。
この詩は、「きけわだつみのこえ新版 [ 日本戦没学生記念会 ]」に収録されています。
大陸とはもちろん中国大陸ですよね。大東亜戦争で多くの日本の若者が戦死しましたが、田辺利宏さんもその一人です。
戦争で亡くなった若者が、これほどまでに美しい詩を書いていたことを思うと、胸が痛みます。
それと同時に、何が、これほどまでに、純粋無垢な詩を生み出させたのかが気になるのです。
いったい、何が、極美の創造という奇跡を起こしたのか?