横山秀夫の短編集「真相」の中に収録されている「花輪の海」を読んだ感想を書きとめておくことにします。
私はエンターテインメント小説はそれほどたくさんは読んでいません。大衆小説作家の中では、山本周五郎の次にたくさん読んでいるのが、横山秀夫かもしれません。
横山秀夫の小説の魅力は、ギリギリまで圧縮された切れ味鋭い文体が何と言っても魅力のひとつ。
その切り詰められた文体が、人生の深部をえぐり出す手腕を、痛みに似た快感を持って楽しめるのが、横山秀夫の短編小説です。
長編小説「クライマーズ・ハイ」も良いのですが、やはり、横山秀夫の真骨頂は短編小説にあると言えるでしょう。
で、今回取り上げるのは、5篇の短編小説集「真相」の中でも、特に「人間の苦悩」が浮き彫りにされている「花輪の海」です。
まず驚かされるのが、意外な書き出しです。早くも、この小説の世界に引きずり込まれてしまいました。
いろんな小説を読んできましたが、これだけの冒頭部を書ける作家は滅多にいません。
再就職の面接を受けている主人公。面接官にきかれた、ごくありきたりな質問。
「あなたにとって、これまで一番嬉しかったことは何ですか」
ところが、主人公は、そのありきたりな問に答えられないのです。
額には脂汗がにじんでいる。
そして、ようやく浮かんだ答えが、何と「友人が死んだ時」だったのです。
読者は、大きな鉛の玉を投げられたような重い謎を抱え込むことになります。
いわゆる「謎の提示」が行われる第1章の終わり方が、また素晴らしい。
テル。不意に呼ばれた気がして、城田は面接の場にいることを忘れた。
横山秀夫の小説はシンプルですが、簡単には終わりません。結末が読めることは滅多にないのです。
この「花輪の海」も、そうでした。
まさか、こういうラストになるとは、予想だにできなかったのです。