以前、日本語で書かれた美しい詩ベスト1という記事の中で、「きけ わだつみのこえ」に収められている詩をご紹介しました。
今日は、短歌を二首、味わっていただきます。
今回ご紹介するのは、木村久夫さんの短歌です。木村さんは、1946年5月23日、シンガポールのチャンギー刑務所にて戦犯刑死。享年、28歳でした。
処刑される前夜に詠んだ短歌が二首、「きけ わだつみのこえ」に掲載されております。
さっそく、引用してみましょう。
おののきも悲しみもなし絞首台 母の笑顔をいだきてゆかむ
風も凪ぎ雨もやみたりさわやかに朝日をあびて明日はいでまし
不思議な明るさを感じさせる歌ですね。死を覚悟した者の潔さが、ここまで光り輝く言葉を生み出すとは……。
詩歌とは技巧ではなく、魂の純粋さこそ真の力となることを、この二首は教えてくれます。
明日、死を迎える、その気持ちになりきることはできませんが、一瞬いっしゅん、命の火を燃やして生きてゆきたいと、この歌を読んで切に感じました。
「きけ わだつみのこえ」は戦没学生の手記を集めたものですが、まるで言葉の宝石箱です。死を前に、言葉の装飾は無意味です。最後の命の結晶としての言葉が、穢れない光を放っています。