「いのちぼうにふろう」は、1971年9月11日に公開された日本映画。監督は小林正樹。
これまで小林正樹が監督した映画で私が見たのは「美わしき歳月」「人間の条件」「切腹」「上意討ち 拝領妻始末」「怪談」です。
いずれも、並々ならぬ映画力を感じさせる傑作でした。
そのため、今回の「いのちぼうにふろう」も、見てみることにしたのです。
登場人物のギリギリの生き様が感動を呼ぶ。
「いのちぼうにふろう」は、山本周五郎の小説「深川安楽亭」を原作としています。
物語そのものは単純です。シンプルだから良いのかもしれません。
深川安楽亭に集まっている輩は、脛に傷を持っている者たちばかり。信じられるのは自分だけ。自分だけを頼りに生き延びてきた孤独者が、深川安楽亭には集まっている。
しかし、そういう者たちが生まれて初めて、赤の他人のために命がけで仕事をすることになるのです。
以下は、安楽亭の店主(中村翫右衛門)とその娘(栗原小巻)の会話。
「今度だけは、うまく行かしてやりてえもんだなあ。あいつら生まれて初めて、だれかのために何かしようって気になったんだからなあ」
「あいつら獣のように、いつも自分中心で、それがあいつら業だ、心の地獄だって、いつもおとっつぁん、言ってたわね」
中村翫右衛門の名セリフに深い感銘を受けましたので、引用しておきましょう。
誰だって、とことん、ぎりぎりまで、生きなくっちゃな。
このセリフは、この映画のテーマと呼応しているのです。
小林正樹のアートワークの冴えに驚嘆。
モノクロームの映像美が素晴らしい。光と影の使い方、カメラアングルの迫力は、半端ではありません。映像に緊張感と品格があり、ワンシーンごとに見入ってしまうのです。
小林正樹監督のアートワークは冴えわたっており、邦画の最高峰と評価される黒澤明の時代劇を、ブラック&ホワイトの映像の美しさでは超えたと実感しました。
音楽は武満徹が担当。重厚で深みのある映像にピッタリの音楽でした。
仲代達也や栗原小巻など、昭和の名優たちが、演技力を競い合う。
そして、仲代達也、勝新太郎、佐藤慶、栗原小巻など、昭和の名俳優たちの演技を存分に味わうことができます。
特筆すべきは、栗原小巻の父親役を演じた、中村翫右衛門(なかむらかんえもん)の存在感です。名優である仲代達也や勝新太郎に負けない(時にそれ以上の)、重みのある演技を中村翫右衛門は見せていました。
ほとんど意識したことがない役者ですが、この「いのちぼうふろう」では実にその存在が効いていました。
仲代達也は、はまり役だと断言したいほど、陰影に富んだ圧倒的な演技力を披露しています。正直、黒澤明に出演している仲代達也の演技より、この作品での演技の方が優れていると感じました。
そして、最後に強調したいのは、栗原小巻の凛とした美しさです。張り詰めた弦を想わせる、気丈な娘を好演。この「いのちぼうにふろう」で、栗原小巻は昭和を代表する名女優であるという思いを新たにしました。