ある小学一年生が書いた詩とジャン・コクトーの詩「耳」

ジャン・コクトーの「」というをご紹介します。訳詩は堀口大学

 

【動画】(詩の朗読と鑑賞)ジャン・コクトー「耳」と小学一年生の詩

 

 

私の耳は貝の殻(から)

海の響(ひびき)をなつかしむ

 

このジャン・コクトーの詩「耳」を読んだ時、すぐさま一篇の詩が想い浮かびました。

 

貝殻を耳にあてると

海の音が聞こえる

貝は長く海にいたから

海の音がしみ込んだのかな

海は貝に命をやったんやな

 

ところが、この詩の題名と作者の名が思い出せません。ただ、この詩を中山靖雄先生が講演で紹介されたことだけは、ハッキリと憶えています。

 

おそらくは、小学生か中学生が書いた詩だったと思うのです。「かな」「やな」という言い回しから、ひょっとすると、山元加津子さんの教え子である原田大助くんの詩かと思ったのですが、原田大助くんの詩の中には、この詩はありませんでした。

 

原田大助くんの詩はこちらに

 

YouTubeで中山靖雄先生の動画で確認すると、小学一年生の詩であるということだけはわかりました。

 

中山靖雄先生の短歌

 

立派ですね。小学一年生の書いた「海は貝に命をやったんやな」で終わる詩は、ジャン・コクトーの詩よりも優れていると私は直観しました。

 

なぜなら、「海は貝に命をやったんやな」で結ばれているからです。

 

素晴らしいというより、立派だと言いたい。よくぞ、小学一年生でありながら「海は貝に命をやったんやな」と書けたものです。

 

では、ジャン・コクトーの詩に戻りましょう。もう一度、引用してみますね。

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映画「暗黒街の顔役 十一人のギャング」

映画「暗黒街の顔役 十一人のギャング」は、1963年1月に東映から公開された日本映画である。

 

暗黒街の顔役 十一人のギャングはこちらで視聴できます

 

いわゆる、娯楽大作だが、質は低くない。1960年代は、まだ映画業界に活気があり、この水準の作品が大量に作られていた。

 

その大量生産に貢献したのが、この映画の監督をつとめた石井輝男である。

 

シナリオや演出は、量産作品だけにおおざっぱだが、面白いし、映画としての力がある。

 

いちばんの要因は、役者の力だろう。この時代の俳優たちは本当に凄かった。

 

以下、「暗黒街の顔役 十一人のギャング」の主な出演者とスタッフをあげておく。

 

【出演者】

鶴田浩二高倉 健/江原真二郎/杉浦直樹/梅宮辰夫/待田京介/高 英男/由利 徹/伊沢一郎/安部 徹/本間千代子/瞳 麗子/三原葉子/木暮実千代/アイ・ジョージ/丹波哲郎

 

【スタッフ】

脚本・監督:石井輝男
企画:岡田 茂/亀田耕司/片桐 譲
撮影:西川庄衛
録音:広上庄三
音楽:八木正生
照明:元持秀雄
美術:森 幹男
編集:鈴木 寛

 

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金子みすゞの詩「青い空」

金子みすゞの「青い空」というをご紹介します。

 

青い空

 

なんにもない空

青い空、

波のない日の

海のよう。

 

あのまん中へ

とび込んで、

ずんずん泳いで

ゆきたいな。

 

ひとすじ立てる

白い泡、

そのまま雲に

なるだろう。

 

空と海を同じものとしてとらえているところが、実に良いですね。

 

空は海だから、自分がそこに飛び込んで、泳ぐこともできる。

 

そして最後には、白い泡を立てて泳いでいる自分自身が、雲になってしまう。

 

この単純なストーリーを書くのは難しい。

 

どうして難しいかというと、私たちは現代人は、単純に始まり、単純に終わることができない。

 

途中で、何かしらの「ひねり」を入れてしまう。脇道にそれてしまいたくなる。

 

余計な情報を頭に詰め込み過ぎたからだ。

 

大量の言葉でも、世界文学集を読破しても、人は毒されない。文学作品でも、優れたものは、例外なく「シンプル(単純)」だからだ。

 

一時期、断捨離とか、ミニマリストとかいう言葉が流行った。

 

多くの人たちが、物を大量に捨てた。しかし、情報は捨てられなかった。

 

大量の中身のない、人の栄養や糧にならない情報こそ、バッサリ捨てるべきである。

 

だが実は、情報を捨てるだけでは、何も変わらない。

 

生き方を変えなければいけないのだ。

 

どのように、変えるべきか?

 

答えは、簡単である。

 

単純に生きることだ、単純を極めるしか、豊かに生きられる道はない。

 

それは、容易ではない、茨の道かもしれない。

 

なぜなら、金子みすゞのこの「青い空」を読んだ時、愕然として人が多いだろうから。

 

自分の感覚とのギャップの大きさに驚いた人は少なくないと思われる。

 

このギャップを埋めるのは、難しい。

 

なぜなら、現代人の病は重いから。

 

生き方を、大転換する、思い切った「人生療法」が必要だろう。

 

というふうな具合に、金子みすゞの単純な詩から、大事なことに気づけました。

 

金子みすゞの詩は平易ですが、ハッとするような真実が語られている、まさにそのことで、現代人の心をとらえて離さないのでしょうね。

 

金子みすゞのその他の詩はこちらに

 

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