サトウハチローの「小さい秋みつけた」というをご紹介します。

 

 

小さい秋みつけた

 

サトウハチロー作詞 中田喜直作曲

 

(一)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた

ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

めかくし鬼さん 手のなる方へ 澄ましたお耳に

かすかにしみた 呼んでる口笛 もずの声

ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

 

(二)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた

ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

お部屋は北向き くもりのガラス うつろな目の色

とかしたミルク わずかなすきから 秋の風

ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

 

(三)誰かさんが 誰かさんが 誰かさんが みつけた

ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

昔の昔の 風見の鳥の  ぼやけたとさかに

はぜの葉ひとつ はぜの葉あかくて 入日色

ちいさい秋 ちいさい秋 ちいさい秋 みつけた

 

解釈する必要はありませんね。素直に秋が感じられれば充分だと思います。

 

ただ、文学的に鑑賞しようとして、言葉の組み合わせなどを分析しますと、その完成度の高さに舌を巻かざるを得ません。

 

「誰かさん」といっていますが、この「誰か」はサトウハチロー自身です。3番の3行目に「風見の鳥の」とありますが、幼い頃に母親に連れて行かれた教会の風見鶏であるとのデータがあります。

 

この歌詞のテーマは表面的には「秋の発見」になっていますが、実は郷愁の詩です。幼い頃、特に母親への懐かしさが抒情の底流に流れています。

 

サトウハチローの母親は彼が14歳の時に離婚して家を出てしまったのです。その後、荒んだ青春期を過ごすことになるのですが、それだけに、母親との思いでは、哀しく美しいものであったことは想像にかたくありません。

 

自分自身であるにもかかわらずに「誰かさん」といったことで、世界が広がり、童謡としての普遍性をかち得ています。

 

秋を「見つけた」のは、ハチローの目だけでなく、耳であり、皮膚感覚であり、そして心でした。読んでいるだけで、感性が洗われてしまうほどの傑作です。

 

さて、この童謡「小さい秋みつけた」は、昭和30年に、NHKの特別番組「秋の祭典」のために作られたとか。その後、レコード会社のディレクターが発掘。ボニー・ジャックスという男性コーラスグループに歌わせてみたところ、それが大ヒット。

 

その年のレコード大賞童謡賞を受賞してしまったと言いますから、歌の運命というものもわかりませんね。

 

その他、サトウハチローの代表作と言えば、これも忘れられません。

 

サトウハチロー「長崎の鐘」の言葉力

 

サトウハチローの才能は、半端ないですね。

 

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