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アニメ映画「君の名は。」を見て、遠い生まれる前の「ざわめき感覚」が目覚めた。

あまりにも話題に上り過ぎるので、スッキリするために、非常に評価の高いアニメ映画「君の名は。」をようやく見終りました。

何回か感想をアップすることになると思いますので、「感想1」として書き始めることに。

結論から申しますと、このアニメ映画「君の名は。」は、傑作と呼ぶにふさわしい要素と完成度を有した成功作です。

感想を書き始める直前に浮かんだキーワードは「ざわめきスイッチ」と「本当の自分がいる場所に帰る体感現象」でした。

「本当の自分がいる場所に帰る」感覚のことを、「遠景回帰」の感覚と呼びたいと思います。

「ざわめき」、それも深い心の井戸の底から湧きおこるような激しい「ざわめき」が起きる。それを「ざわめきスイッチが入る」と呼びたいのです。

思えば、これまで、烈しい「ざわめき」感覚を呼び覚ましてくれた、「ざわめき始動装置が組み込まれた作品には、これまで数作しか出逢ったことがありません。

それは、柳田国男の「遠野物語」と、ガルシア=マルケスの「百年の孤独」です。いずれの作品も、その感想をこのブログにアップしています。

「深い井戸の底から湧きおこる激しいざわめき」と言いましたが、その「ざわめき」は、遠い過去、自分が生まれるずっと前、しかも、そこにいる自分が、ざわざわしている感じといった方が近いかもしれません。

その「ざわざわする感じ」は、どこからともなく風が突如吹いてくる、木の葉がざわめく、流星が光る、魂の奥底で星の光に反応して光るものを感じる、そういった感覚です。

このアニメ映画が成功した理由の一つに、安易に答えを明示しなかったことにあるのでしょう。

スマホがこの映画ではひんぱんに出てきますが、この便利ツールに象徴されるように、便利さを享受すればするほど、現代人は本当に大事な物をどんどん加速度的に失ってゆく……そんな状況化で、本当に自分が立っている所に行くためには、あるいは行きたいと思うには、この「君の名は。」という実写映画ではなく、アニメ作品を待つより他なかったということではないでしょうか。

私たちは、ある意味すごい、とてつもなく味気ない、薄っぺらな現代日本という時代に生きているけれど、本来、人間にあった、人間が有しているべき感覚を想い出すことは必要ではないだろうか、いや、それはあまりに残酷すぎるほど、現代人は後戻りできないほど、どんどん無機的になっているけれども、あなたはどう感じますか、どう生き直しますか、それとも映画を見終たた数秒後には元の日常に戻ってしまいますか?

以上のようなに、問いかけているだけで、メッセージ(結論)を明示しなかったので、答えは見た人がそれぞれ出すしかないために、その問いかけの波紋が限りなく広がっているし、これからも広がってゆく……。

ということで、1回目の「君の名は。」の感想文を終えることにします。

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