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中野好夫(なかの よしお)の「文学の常識」という著書をご存知でしょうか。中野好夫という名前を知らない人が多いのではないかと思います。
「文学の常識」は文庫本ですが、現在は絶版になっているのです。
古本なら購入可能⇒中野好夫「文学の常識」
しかし、私の体験から、中野好夫の「文学の常識」は名著であると断言できます。
この本は、老若男女問わず、多くの人に読んでほしいので、今回、ご紹介することにしました。
中野好夫は太宰治を厳しく批判した評論家だった。
中野好夫(1903年~1985年)は、日本の英文学者、評論家。シェイクスピアやサムセット・モームの翻訳は有名です。
また、太宰治を厳しく批判したことは特筆に値するのではないでしょうか。
太宰治の短篇「父」を「まことに面白く読めたが、翌る朝になったら何も残らぬ」と評したため、太宰から連載評論『如是我聞』の中で「貪婪、淫乱、剛の者、これもまた大馬鹿先生の一人」とやり返されたというエピソードもあります。
さらには、太宰の死後、文芸時評「志賀直哉と太宰治」の中で「場所もあろうに、夫人の家の鼻の先から他の女と抱き合って浮び上るなどもはや醜態の極である」「太宰の生き方の如きはおよそよき社会を自から破壊する底の反社会エゴイズムにほかならない」と酷評しました。
中野好夫の太宰治に対する見解が正しいかは別として、中野好夫の姿勢がよくあらわれていると思われます。
「文学の常識」は、最良の入門書であるとともに、実に面白い読み物でもある。
中野好夫の「文学の常識」を知っている人は極めて少ないと思いますので、あえて全力でおすすめします。
絶版ですが、古本をネットで探せば簡単に手に入るでしょう。
目次は以下のとおり。
文学の常識 目次
はしがき
1.文学の多様性 ―定義の困難について―
2.文学の三つの条件
3.文学を成り立たせているもの ―真実の追究―
4.文学における模写と表現 ―芸術の発生と発展―
5.文学の基盤としての「人間」への興味(1)
6.文学の基盤としての「人間」への興味(2)
7.文学と道徳 ―アリストテレスのカタルシス論―
8.近代小説の起源と発達 ―近代リアリズムについて―
付録 どんな文学作品を読むべきか
以上のうち、「文学の多様性 ―定義の困難について―」「文学を成り立たせているもの ―真実の追究―」を読むだけでも、得られるものはかなり大きいと思います。
中野好夫の文章は独特のリズムがあり、彼の語りの世界に、どんどん引き込まれてゆきました。文学の本質を語った、これほど深くで面白い語りを読んだことがありません。
私がこのブログで語っている作品のいくつかは、「文学の常識」の中で紹介されている作品です。
島木健作「赤蛙」、若山牧水の短歌、カール・ブッセの詩「山のあなた」、といった名作の魅力を、中野好夫は独特の語り口で私に紹介してくれたのでした。
その意味で、中野好夫は大きな影響を私に与えたといっても過言ではありません。
文章も立派です。名文と呼んでも差し支えないでしょう。温かな語り口はリズムが良く、読んでいるうちに、知らぬ間に作品世界の中で呼吸し始めている自分を見つけることもしばしばでした。