戸川幸夫の「高安犬物語(こうやすいぬものがたり)」を再読しました。
思うこと多々あったのですが、突きつめると、以下の点に集約されるかと思います。
1)抜きんでた筆力
動物文学という狭いジャンルに押し込められやすいので、あまり知られていませんが、戸川幸夫が、日本の近代小説の中で、屈指の筆力の持ち主だということが実感できます。
なぜ、こうした類まれな小説世界が生み出されたのか、それは正に、この磨き上がられた文章の底力と品格があればこそなのです。
2)体(魂)の中に眠っていた何かを揺り起こされる。
自動車や家電に代表される便利社会は、パソコンや携帯端末の普及によって、次の段階に突入していると思われます。
それは、生の体験を中心としリアルな感覚でなはく、情報や仮想空間が日常生活を支配するようになったということです。
そうした生活では、太古より人間が生物(動物)として備えてきた本能や感覚が鈍くなる一方で、人間の中の野生はいつか死滅するのではと思えるくらいです。
便利社会では、生命体としての人間から、極めて大切な力を衰弱させていることは間違いありませんね。
ところが、「高安犬物語」を読みますと、ふだんは眠っていた感覚が、鮮やかに甦ってくるのを覚えます。名状したがい生命感のようなものが体にみなぎってきて、思わず胴震いをしてしまいそうになるほどです。
3)厳しさの中にある優しさ。
野生動物の世界には、非情な掟があります。弱肉強食という残酷な世界に、野性動物は生きています。
では、戸川幸夫の小説のテーマは、野性動物の猛々しさを描くことになるかというと、そうではありません。
戸川幸夫の描く過酷な世界にも、体の芯が温まるほどの優しさがあります。ただ、その優しさは、厳しさの中にしかありえない、感傷や打算を排した、強い優しさなのです。
人間と動物との交流が描かれますが、そこには一点の慣れ合いはありません。
以上が「高安犬物語」の魅力の要点だと思うですが、いかがでしょうか。
実は、4番目に「現代社会への警鐘」をあげようかと思いました。ただ、そうした概念的な表現そのものが、戸川文学にふさわしくない気がしたので、あえて、入れませんでした。
以上が、戸川幸夫の小説の魅力のポイントだと感じます。
付け加えることがあるとしたら、動物と動物との戦いの場面の描写力です。動物たちの素早い動きを活写することは極めて困難だと想像できますが、CGを駆使した映画では絶対に描き出せない臨場感があります。