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映画「清作の妻」は増村保造の最高傑作か。

日本映画(邦画) - 増村保造

増村保造監督の映画「清作の妻」を鑑賞するのは2度目です。

 

 

「清作の妻」は、1965年6月25日に公開された日本映画。監督は増村保造。脚色は新藤兼人。主演は若尾文子田村高廣

 

 

これまで増村保造監督の最高傑作は「赤い天使」か「黒の試走車」だと勝手に思っていました。

 

しかし、今回「清作の妻」を見直してみて、この映画こそ、増村保造の真骨頂があらわれていて、彼の最高傑作と呼ぶにふさわしいと強く感じ入った次第です。

 

気安く「命がけ」という言葉は使いたくないのですが、若尾文子の演技は、まさに「命がけ」という迫力が伝わってきました。

 

「迫真の」「鬼気迫る」「全身全霊の」など、力いっぱいの演技を讃える形容はいろいろあります。けれども、この映画における若尾文子の演技は「命がけ」という言葉しか浮かびませんでした。

 

鬼神、あるいは阿修羅と化して立つ、縄でくくられた若尾文子の姿は、とてつもなく、激しく、惨たらしく、狂おしく、常軌を逸しているけれども、なぜか美しい。

 

極限状況という泥沼に咲いた花のように、怪しく咲いているかに見えたのです。

 

あの名作「妻は告白する」のラスト以上の「美しい狂気」が、見事に描出されていました。

 

物語の設定は極めてシンプルです。しかし、若尾文子が演じる「清作の妻」の予測不能な行動により、物語は意外な展開を見せ、静かなラストへの収束してゆきます。

増村保造監督の映画「妻は告白する」を見終った後の奇妙な余韻について

日本映画(邦画) - 増村保造

増村保造監督の代表作として知られる「妻は告白する」をアマゾンビデオで見ました。今回が2度目の鑑賞です。

 

 

「妻は告白する」は1961年に公開された日本映画。監督は増村保造。主演は若尾文子川口浩

 

 

モノクロームの映像の美しさ。若尾文子の圧倒的な存在感には目を見張るものがありました。

 

しかし、ラスト数分間は、いかがなものだろうか。

 

良いとか悪いとかではなく、怖ろしく、後味が悪いのです。この奇妙に鬱積してしまう感情のやり場に困ってしまう。

 

今回鑑賞してみて、思ったのは、増村保造の「歪み」です。普遍的な人間の真実をえぐり出している、というよりも、増村保造監督自身の「歪み」が独自の映像空間を生み出していると感じました。

 

増村保造監督の映画には、芸術としての気品と大衆娯楽としての通俗性が同居しています。

 

増村監督の才能が稀有であることは間違いないのですが、その映画の作り方、あるいは作られ方が、性急かつ乱暴なところがあり、文句なしの名画と呼びたい傑作はそれほど多くはありません。

 

これは、増村が所属していた映画会社の社風や経営方針が影響していることは間違いありません。

 

黒澤明のように、作りたい映画を、存分に時間と予算をかけて撮影する余裕は、増村保造にはなかったのです。

 

増村監督以前の映画監督が描き出した女性像を、何とか打ち破りたい、もっと女性の本性を鋭くえぐり出したいという欲求が、非常に強かったことが彼の作品から、手に取るように伝わってきます。

 

その描き出し方が、女性の心理だけでなく、性にも焦点を当てているため、精神的でありながら、奇妙に鬱積したエロスが、時にはむせかえるほどに匂い立ってくるのです。

 

その匂いは媚薬であるとともに、悪臭に似た不愉快さをともなうのが、増村フィルムの特徴だと言えるでしょう。

 

美しいのに、嫌らしい。そして、凄い女。それが増村保造の好んで描いた女性像です。

 

確かに、そこには「凄まじい女の姿」が浮き彫りにされます。でも、その「凄さ」の受取方は人それぞれであり、決して万人に共感される女性像は、描き出されていません。

 

そこに、増村監督のクセ、独自の美学があると感じるのは、私だけでしょうか。

映画「動脈列島」は近藤正臣と田宮二郎の対決から目が離せない。

日本映画(邦画) - 増村保造

増村保造が監督した映画はほとんど見ていますが、この「動脈列島」は未見でした。今回初めて、アマゾンビデオで鑑賞。

 

 

「動脈列島」は1975年(昭和50年)9月6日に公開された日本映画。監督は増村保造。主演は、近藤正臣。共演は、田宮二郎、梶芽衣子、関根恵子など。

 

 

これほど凄い映画だとは思いませんでした。これは傑作と呼ぶにふさわしい作品。隠れ名作とは、この映画のことを指すと言いたいくらいです。

 

見どころは実にたくさんあります。

 

まず、テーマが面白い。当時、社会問題化していは「新幹線公害」を取り上げ、シリアスに描いたことが成功しています。

 

今見ても、ハッとし、考えさせられる点が多々あるのです。

 

次に、役者たちの演技のパワフルさ。

 

昭和の名優・近藤正臣の全身全霊の演技は、思わずのけぞりそうなほどの迫力です。役者としての位は田宮二郎の方が上でしょうけれども、この映画においては、近藤正臣が光り輝いています。

 

梶芽衣子の存在が効いていました。極限状況で愛し合う2人。その心理が手に取るように伝わってきて、画面に食い入ってしまったほどです。

 

梶芽衣子の必死さが、美しい。この女優の魅力をギリギリまで引き出した、この映画の底力に感謝します。

 

今回鑑賞してみて、この「動脈列島」は増村保造の代表作であり、日本が生んだ社会派エンターテインメント映画の名作のひとつに数えるべきだと実感しました。

増村保造フィルモグラフィー

日本映画(邦画) - 増村保造

ユニークな映画監督として多くのファンを持つ、増村保造の監督作品を年代順に挙げておきます。ご参考まで。

 

リンクの貼ってあるタイトルは、当ブログがレビューしている作品です。

 

1)くちづけ(1957年7月23日)

2)青空娘(1957年10月8日)

3)暖流(1957年12月1日)

4)氷壁(1958年3月18日)

5)巨人と玩具(1958年6月22日)

6)不敵な男(1958年9月1日)

7)親不幸通り(1958年12月14日)

8)最高殊勲夫人(1959年2月11日)

9)氾濫(1959年5月13日)

10)美貌に罪あり(1959年8月12日)

11)闇を横切れ(1959年12月1日)

12)女経 第一話「耳を噛みたがる女」(1960年1月14日)

13)からっ風野郎(1960年3月23日)

14)足にさわった女(1960年8月24日)

15)偽大学生(1960年10月8日)

16)恋にいのちを(1961年1月26日)

17)好色一代男(1961年3月21日)

18)妻は告白する(1961年10月29日)

19)うるさい妹たち(1961年12月17日)

20)爛(1962年3月14日)

21)黒の試走車(1962年7月1日)

22)女の一生(1962年11月18日)

23)黒の報告書(1963年1月13日)

24)嘘 第一話「プレイガール」(1963年3月31日)

25)ぐれん隊純情派(1963年7月27日)

26)現代インチキ物語 騙し屋(1964年1月19日)

27)「女の小箱」より 夫が見た(1964年2月15日)

28)卍(1964年7月25日)

29)黒の超特急(1964年10月31日)

30)兵隊やくざ(1965年3月18日)

31)清作の妻(1965年6月25日)

32)刺青(1966年1月15日)

33)陸軍中野学校(1966年6月4日)

34)赤い天使(1966年10月1日)

35)妻二人(1967年4月15日)

36)痴人の愛(1967年7月29日)

37)華岡青洲の妻(1967年10月28日)

38)大悪党(1968年2月24日)

39)セックス・チェック 第二の性(1968年6月1日)

40)積木の箱(1968年10月30日)

41)濡れた二人(1968年11月30日)

42)盲獣(1969年1月25日)

43)千羽鶴(1969年4月19日)

44)女体(1969年10月18日)

45)でんきくらげ(1970年5月2日)

46)やくざ絶唱(1970年7月11日)

47)しびれくらげ(1970年10月3日)

48)遊び(1971年9月4日)

49)新兵隊やくざ・火線(1972年4月22日)

50)音楽(1972年11月11日)

51)御用牙・かみそり半蔵地獄責め(1973年8月11日)

52)悪名・縄張荒らし(1974年4月24日)

53)動脈列島(1975年9月6日)

54)大地の子守歌(1976年6月12日)

55)曽根崎心中(1978年4月29日)

56)エデン園(1980年12月13日)

57)この子の七つのお祝いに(1982年10月9日)