今回取り上げるのは、コーネル・ウールリッチの「喪服のランデヴー」。
コーネル・ウールリッチは、ウィリアム・アイリッシュという筆名でも活躍。「幻の女」「暁の死線」などが有名。サスペンスの詩人と呼ばれ、その情感豊かな表現は人を酔わせる力を持っています。
「喪服のランデヴー」(コーネル・ウールリッチ)
テキスト:ハヤカワ・ミステリー文庫。1947年作
以下、「喪服のランデヴー」を分析してみましょう。
[設定]
●場所:最初と最後はギーティズ・ドラグストアの前とその周辺。その他の章は各所多数。
●時間」ジョニー・マーの恋人が死んでから彼が死ぬまで。西暦の記録はない。
●人物
〇ジョニー・マー(主人公)
〇ドロシー⇒ジョニーの恋人
〇マックレイ・カメロン⇒刑事
〇殺される5人の女と彼女を愛する男たち
[視点・人称]
神様視点と登場人物の視点が混在。人称は三人称。⇒これを見ても、この作品がかなり古いことがわかる。
[表現の特色]
時々作者自身の視点が顔を出す。1947年の作品だと思いながら読んだ方がいい。さすがに古めかしいところがある。
登場人物の語りではなく、作者の語りだ。
注目すべきは登場人物に対する作者の突き放した眼である。この距離の取り方が、日本の作家はなぜかできない。
現実とか社会とか、この世界を見る冷めた眼の存在が、読む者の背筋を凍らせ、哀感をつのらせる。
殺人者と刑事との関係(距離)をクールに描いている。
ミステリーである以上、犯人を追う刑事或いは探偵の存在は欠かせない。この小説に登場する刑事は英雄的には描かれていない。地味であり、取り得は粘り強さだ。
苦戦する捜査を嘲笑うような華麗で巧妙な殺人の手口は、冷めたゲームを思わせる。
恋人を失った哀しみのあまり、残酷な殺人者と変貌した男を直接描写するのではなく、物語の背後にその存在を示すことで、恐ろしさを増幅させている。
刑事と殺人鬼との距離を次第に近づけ、物語を終結へとドラマチックに引っ張ってゆく。
[構成]
1別れ
2最初のランデヴー
3第二のランデヴー
4第三のランデヴー
5第四のランデヴー
6第五のランデヴー
7再会
以上は作者自身が各章に当てたタイトルである。こうしてもらうと構成分析がしやすくて助かる。以下、構成で巧いと思った点を列挙してみる。
●最初と最後をつなげる構成。これは実に効果的だ。映画的・映像的と言ってもいい。ファーストシーンとラストシーンがつながっている映画は多い。
同じドラグストアの前に物語の発端と結末を置いたことにより、左右対称となり作品世界が安定した。
楽曲で、最初の旋律がまた最後に現われることで、頭と尻尾が響きあい、聞く者に快感と安心を与えるのと似ている。
●次第にエスカレートする殺人の描き方。クライマックスに向けて次第に盛り上げてゆく手法も、シナリオのように鮮明だ。
発端→上昇→クライマックス→結末という流れが見やすい。エンタテイメントの基本に忠実な構成と言えるだろう。
[作品の魅力]
■象徴的で悲痛な書き出し。
■豊かな叙情性。⇒情緒的な言葉を使わずに、情感をあふれさせている描写と演出。
■作者の冷めた眼と孤独の魂。
■主人公が殺人鬼となる動機のアイデア。飛行機から投げた一本のビンが男を狂わせるという斬新で意外性のある設定。
■巧みな伏線の設置とその処理のタイミングの良さ。
■五月三十一日という数字の使い方。
■盲目の美女と、その殺人方法の巧みな描き方。
■各章の書き出しが絶妙。⇒ここはどこなのか、何が起きているのかを暗示させる書き方。
■一章ずつ、独立した読み物として楽しめる。⇒それぞれに起承転結がある。