以前は、エンタメ小説をたくさん読みました。その中で最も面白かった作品が、今日ご紹介する「リング」です。
1991年に発行された、鈴木光司のホラー小説「リング」は、社会現象といえるほど話題になり、売れに売れました。そのシリーズは、累計800万部を売り上げたと伝えられています。
ベストセラー小説は、数年後に読むと、つまらないことも多いのですが、この「リング」は、なぜかいつ読んでも面白いのです。20年以上も前に出たエンタメ小説なのに、今も新鮮。
なぜ、「リング」の輝きは今もなお色あせないのか? 「リング」の面白さを徹底分析すれば、リングという井戸を深く掘ってゆけば、エンターテインメントの核心に行き当たるような気がしてなりません。
では、小説「リング」の解剖分析、行ってみましょう。
小説「リング」の徹底分析
「リング」の読後の素直な感想
読後、奇妙な感覚にとらわれた。今までそれほどたくさんの小説を読んだわけではないが、初めて襲われる奇怪な感じだった。
乗り物にのせられてラストまで一気に運ばれてしまった、そんな錯覚をおぼえた。
映画でジェットコースター・ムービーという言葉が盛んに使われたのは、いつ頃だったろうか。小説でも、これに類した言葉があるのだろうかと考えた。
「リング」を批判しているのではない。間違いなく絶賛しているのだ。
この小説は人力車ではない。ターボエンジンが搭載された当時としては正に新型モデルのノベルだったのだ。
何が言いたいのか。日本の小説もここまで来てしまったという思い。
ハリウッド映画にあるような、これでもかという過度のエンタテイメント性が横溢し、小説そのものが見たこともない化物じみたエナジーを持ってしまった。
コジラのような小説? いや、違う。これはメカ・コジラなのだ。あざとさも、ここまで到達すれば、天晴れとしか言いようがない。
古い化石となってしまうはずだった小説のみすぼらしさは、ここにはない。
小説の原始力に代わって、もっと別の何かが小説という形式を飲み込んでしまったような不気味ささえ感じられる。
この小説から受ける感覚は健康的ではない。シャブを連続して打たれているみたいな暴力的かつ慢性的な陶酔がある。
確かに文句なく面白いが、小説は、本当にこれでいいのだろうか。宗教、モラル、美学、ポリシーが崩壊された国だからこそ繁殖し得たブーム小説だったのではないだろうか。
「リング」の設定
■場所:東京、伊豆大島、箱根。
■時間:9/5~10/21まで。
■人物
人数、キャラ設定ともにバランスが取れている。特に竜司の存在と貞子の周辺人物の配置は絶妙。
■視点:作者視点(三人称客観視点)。完全には統御されていない。
■人称:三人称。
■文体:読みやすい。読ませどころではテンションを上げる、書きこむ。文章表現力はミステリーとしては水準以上。
■ジャンル:ホラー。謎解きの要素を多数入れ込んでいる。
■情況1:もし20年以上も前に死んだ両性具有の超能力少女の怨念が殺意を込めた念写ビデオを生み出し、実際に人を殺してしまったとしたら~
■情況2:それをを見た者は1週間以内に死ぬという殺人予告ビデオを主人公が見てしまい、それを逃れる方法が示されるシーンだけが消されてしまっていたら~
「リング」のチェックポイント
この小説を元にミステリーに採用すべき方法論を整理してしまおう。
アイデア勝負の作家。著者は小説家というより、アイデアマンであり、プランナーである。だから設定、つまり設計図の引き方も巧い。
少し、ここで活かされているアイデアと設定の妙をピックアップしてみよう。
●殺人予告ビデオ(見たものは1週間以内に死ぬ)
●強姦殺人された超能力少女は両性具有
●毒消しの方法は消されていた
●謎のビデオの分析・推理方法の中の「まばたき」
●念写⇒念像
●タイムリミットの設定。サスペンスのフォーマットの確立。謎の提示。ビデオに映されている映像を分析・捜査・推理する、オマジナイ探し「毒消しゲーム」。章の頭に日付を入れる手法。タイミリミット・ホラーだけに有効。
●ホラー・サスペンス・ミステリーのミックス。いわゆる無節操な丼(ごった煮)形式。
●方言(砂の器)、予知能力(デッド・ゾーン)、古井戸(ドロレス)など、他作品から部品を寄せ集めて作品の世界を構築する。
●ノンストップ・アクション、ジェットコースター・ムービーの手法を取り入れる。何でもかんでも入れられるものは全部入れてしまう。
⇒でも、全体としてのよくまとまっている。消化不良という感じは受けない。ヒットする曲は寄せ集めというが、それは真理かも。
●伊豆大島、箱根を舞台とすることでロード・ノベルの要素も入れる。
●エンディングの工夫。ドラマはまだ終わっていなかった式の導入。ハリウッド映画のテクニックもなりふり構わずに投入。
●竜司というバディの設定。イケイケドンドンの性格で大学の講師。最後に死ぬ。奇妙な友情も描く。
●主人公のごく普通の家庭。愛妻と一人娘の存在を効果的に使う。
●当時、普及がめざましかった旬なメディアであった“ビデオ”という媒体の可能性を最大限に引き出し、活用している。
●映画的、漫画的なテーマとディテールの、鮮明で大袈裟なデフォルメの仕方は、大衆の感覚をキャッチした。
「リング」の欠点
○視点の統括が不完全。
○表現力が未成熟。稚拙な所がある。
○なぜ残された時間は1週間なのかが書かれていない。
○貞子を殺した医師の自白があっけない。吐かせるための手続き、工夫が欲しい。
小説「リング」の強さは、その統一感にある。
いかがでしょうか?
これほどまでに、あざといほどエンタメの要素をぶち込んでいるにも関わらず、小説「リング」には奇妙な統一感があります。
その統一感こそ、「リング」の強さではないでしょうか。
全体に統一されているので、大嘘が信じられるのだし、違和感なく怖がることができるのでしょう。