中原中也の詩「正午」

美しい詩 - 中原中也
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今回は中原中也の「正午」という詩を取り上げます。

 

正午

 

           丸ビル風景

 

ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ

ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ

月給取(げっきゅうとり)の午休(ひるやす)み、ぷらりぷらりと手を振って

あとからあとから出てくるわ、出てくるわ出てくるわ

大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口

空はひろびろ薄曇(うすぐも)り、薄曇り、埃(ほこ)りも少々立っている

ひょんな眼付(めつき)で見上げても、眼を落としても……

なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな

ああ十二時のサイレンだ、サイレンだサイレンだ

ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ

大きなビルの真ッ黒い、小ッちゃな小ッちゃな出入口

空吹く風にサイレンは、響き響きて消えてゆくかな

 

私は詩を鑑賞する時に「視点」と「時間」を大事なポイントとして押えるようにしています。

 

「視点」と「時間」は、詩をツボなのです。

 

今回ご紹介した中原中也の「正午」でも、「視点」は重要ですが、もう少し詳しく分析しますと「作者と対象との距離」がこの詩を読み解く上で欠かせない点となってきます。

 

一言でいいますと、対象と作者との距離が遠いのです。

 

この「遠さ」が、この「正午」という詩のテーマだとも言えます。

 

中原中也は詩人です。もちろん、サラリーマンではありません。世の中の大半がサラリーマンなのですが、その中に中也は入れない、いわば疎外者です。

 

別段、中也は仲間に入りたいと思っていませんが、あまりにも自分との距離が遠いので、当惑し、次のように中也節をひねってしまう。

 

空はひろびろ薄曇(うすぐも)り、薄曇り、埃(ほこ)りも少々立っている

ひょんな眼付(めつき)で見上げても、眼を落としても……

なんのおのれが桜かな、桜かな桜かな

 

中也節で歌っても心が晴れるわけではなく、わびしさは募るばかりです。

 

この「正午」は中原中也の数多い詩の中で、異彩を放っています。

 

カメラがロングショットになっている。つまり作者と対象との距離が遠く、それが詩の効果としても見事に機能しているのです。

 

この「遠さ」と、同じ言葉を繰り返す、中也節とが溶け合い、独特の心的雰囲気を醸し出しています。

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