最近、詩について語ることが増えています。その理由は「言葉に目覚めてほしい」からです。

 

言葉に目覚めないかぎり、言葉による自在な表現は不可能です。したがって、豊かな表現をするには、詩を読むことで「言葉に目覚める」ことから始めるべきだと思うようになりました。

 

ここでこんな声が聞こえてきそうです。

 

詩といわれても、どの詩人のどんな詩集を読んだらいいのか?

 

自分の可能性を伸ばしつつ、自分の言葉によって豊かな表現を目指す人たちに私がオススメしたいのは「高村光太郎詩集」です。

 

智恵子抄」から入っても良いのですが、この詩集だけですと、高村光太郎という人の一面しか見えてきません。「智恵子抄」以外にも優れた詩がたくさんあるので、それらも知っていただきたいのです。

 

私が高村光太郎の詩を推奨する理由は、高村光太郎は常に前向きに生きた人であり、人生肯定を貫いた愛の詩人だからです。

 

高村光太郎は、決して天才でも、完璧な人間でもありません。むしろ、弱さの塊と呼んで良いくらいの人です。ひたむきに人間らしい生き方を求め続けた、その愚直さにおいて非凡だった人だと私は評価しています。

 

極めて人間くさい、ロマンチストである高村光太郎の詩に親しむと、自分の言葉で語ることの本質を身近に感じることができるでしょう。

 

今年から始める寺子屋でも、高村光太郎の詩の詩については語りたいと思っています。

 

最後に高村光太郎らしい詩をひとつ、ご紹介しましょう。「冬が来る」という作品です。詩集「道程」に収録されております。

 

冬が来る

 

冬が来る
寒い、鋭い、強い、透明な冬が来る

ほら、又ろろろんとひびいた

連発銃の音
泣いても泣いても張がある
つめたい夜明けの霜のこころ

 

不思議な生をつくづくと考へれば
ふと角兵衛が逆立ちをする

私達の愛を愛といつてしまふのは止さう

も少し修道的で、も少し自由だ

冬が来る、冬が来る
魂をとどろかして、あの強い、鋭い、力の権化の冬が来る

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