このブログ「美しい言葉」では、何度か戸川幸夫の小説について触れてきました。
今回取り上げる小説「熊犬物語」は、新潮文庫の「高安犬物語」に収録されています。
「高安犬物語」「爪王」に負けない筆力を、「熊犬物語」から感じました。
戸川幸夫の小説には、失われてゆく風景が描かれています。風景の中には、動物だけでなく、自然、風俗、文化、習慣、人間の生き様、価値観などなど……。
それらは確かに時代とともに消え去ってゆくけれども、消えないものがあります。
消えないもの、死滅しなものとは、私たちの血の中に流れる、わけのわからない、得たいの知れない、ざわざわと泡立つものです。
それを、何と呼んだら良いのでしょうか?
伝統、遺伝子、宿業、血脈、本能、野生……。
そうしたものは、ふだんは眠っているけれども、ある時に突如、目覚めるものなのでしょう。
そうした、秘めやかで、激しく、狂おしく、美しいものを、戸川幸夫は動物文学として表現したのだと思います。
柳田國男が民俗学で表したことと同質のものを、戸川幸夫は小説に書いたのです。
本来、文学のおいては、戸川幸夫や柳田國男が取り組んだテーマがメインであるべきでしょう。
しかし、文明社会が進み、高度情報化社会となった今、そうした深く重いテーマは、回避されがち、いや忘れ去られかけているのですね。
戸川幸夫の小説には、日本人が絶対に忘れてはならない、置き去りにしてはならない、極めて貴重なものが息づいていると感じます。
ですから、これからも、戸川幸夫文学を取り上げることになると思います。