萩原朔太郎の「旅上」という詩をご紹介します。
旅上
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
せめては新しき背廣をきて
きままなる旅にいでてみん。
汽車が山道をゆくとき
みづいろの窓によりかかりて
われひとりうれしきことをおもはむ
五月の朝のしののめ
うら若草のもえいづる心まかせに。
萩原朔太郎の詩の中でいちばん良いのではないだろうか(苦笑)。
というのは、萩原朔太郎の詩の多くは、力みが先に立ち、つまり壮大かつ崇高な志を抱いて書いている、その姿勢ばかりが目立って、作品がその志についてこれてないのである。
そのためか、「詩の原理」のような詩論の方が読みごたえがある。
もちろん、萩原朔太郎は、日本近代史において重要な人物であることは間違いない。
しかし、萩原朔太郎は、詩人としては成功できなかった。
優れた詩はいくつもあるが、萩原朔太郎自身が想い描いた理想郷(詩の境地)には、程遠かった。
だから、萩原は詩人として成功できなかったと言えるし、不幸であったと言えよう。
「人間なんてこんなものさ、自分はこの程度の人間だ」と、素直に現実を受け入れ、肩の力を抜いて試作すれば、もっと才能を豊かに開花できたのではないか、と萩原朔太郎の詩を読むたびに思う。
しかし、この「旅上(りょじょう)」は良い。詩として優れているという意味ではない。詩としては凡庸極まりない。
だが、萩原朔太郎の精励刻苦したのにもかかわらず、思うようには書きえなかった力作を知る者は、この「旅上」を読むと、ほっとするのだ。
「これでいい、萩原さん。こういう詩の方が人に愛されますよ」とは、とても萩原朔太郎には声掛けできないが、微笑みくらいはおくれると思うのである。
「旅上」は、素直に呼べる良作だ。素直な萩原朔太郎が、そこにいる。