川島雄三監督の映画を初めて見ました。奇妙なタイトルの映画です。
「洲崎パラダイス赤信号」。
B級映画の臭いがプンプンするのですが、実際に見てみると、映画作品として極めてレベルが高くて驚きました。
「洲崎パラダイス赤信号」は、1956年(昭和31年)に公開されました。配給は日活。主演は、三橋達也と新珠三千代。
NHKと日本テレビが開局したのが1953年ですから、まだまだ映画が娯楽の中心だった時代の作品です。
言い換えると、後にテレビドラマが担当する「大衆娯楽性」が映画に色濃く反映されていた時代。
紛れもなく「洲崎パラダイス赤信号」は大衆娯楽映画です。そして、大人のための娯楽映画。
なぜなら、「売春防止法」(1956年5月24日施行)が施行される直前の赤線地帯(東京都江東区)が舞台になっているからです。
まず申し上げなければいけないのは、この映画は映画として極めてレベルが高いこと。
脚本、特に会話が自然で歯切れがいい。演出、カメラワーク、役者の演技など、すべてが高水準です。
特にカメラワークと演出は絶妙。
人物の動かし方は、ほとんどわざとらしさがなく、役者の細かい動作、仕草などにも気配りが行き届いていて、映像作品としての質を高めています。
街の風俗を濃密に描いている点で、ふと想起したのが、黒澤明の「酔いどれ天使(1948年)」と「野良犬(1949年)」です。
10年くらい黒澤明の方が前に作っているのですが、それにしても、川島雄三の演出は上手い。
黒澤明の演出は不器用ですし、女性がパターン化されていて不自然な感じがします。
一方、川島雄三は、役者の演技を演技と見せないくらい自然な演出をしている。女性の描き方が巧みというより、観念的ではなく、ありのままに描けている点は驚嘆に値します。
当時の日活映画にありがちな、安っぽい演出はありません。
赤線地帯という特殊な舞台を描いているので、どうしても芸術作品とは見られにくいでしょう。
でも、川島雄三監督の「洲崎パラダイス赤信号」は、極めて質の高い映像作品だと言えます。
男女の生き様、愚かだけれどもたくましい、哀しいけれども愛おしい生活風景を、エログロでもなく、メロドラマでもなく、概念的でもなく、写実的かつ人間探求的に活写している。この点において「洲崎パラダイス赤信号」の希少価値があると思うのです。
生々しい生活実感が臭うほどに伝わって来るのは、川島雄三監督の演出が、きめ細やかなで洗練されているにほかなりません。
おどろおどろしい生活実態が、実にデリケートな手法で描出されていることに、注目しないではおれませんでした。
ワンシーンワンシーン、画面の中にいる人物の動きに目を凝らしてみてください。顔の表情はもちろん、体の向き、手の動きなどに、すべて意味があることに気づくはずです。