山田太一のドラマ「丘の上の向日葵」で、まど・みちおの詩がひんぱんに紹介されていたために、いつも気になっている詩の最有力候補が「まど・みちお詩集」なのですね。

 

そんなわけで、私はまど・みちおの古いファンでもなく、まど・みちおに関する知識が豊富なわけでもありません。

 

あの有名な童謡「ぞうさん」の作者が、まど・みちおであることは知っていますが……。

 

さて、今回は、その「ぞうさん」について書いてみることにします。

 

著作権の問題もあるでしょうけれど、引用しないことには、語れないので、引用してみますね。引用元は「まど・みちお詩集 (ハルキ文庫)」

 

 

「ぞうさん」は、上の詩集の2番目に収録されています。ちなみに、1番目は、これまた有名な「やぎさん ゆうびん」です。

 

では、上の「まど・みちお詩集」から「ぞうさん」を引用してみましょう。

ぞうさん

 

ぞうさん

 

ぞうさん

 

おはなが ながいのね

 

そうよ

 

かあさんも ながいのよ

 

ぞうさん

 

ぞうさん

 

だれが すきなの

 

あのね

 

かあさんが すきなのよ

 

非常にシンプルな詩なのですが、正直、一読してみて、あまりに単純なせいか、戸惑ってしまい、意味がはっきりとはわかりませんでした。

 

古くからの文学友達に逢った時、まど・みちおの「ぞうさん」の意味がようわからん、だいたい「視点」が移動しているみたいだしねと言ったら、あれは童謡なのだから、自然に読んで感じたままでいいんじゃないか、と忠告されました。

 

要するに、頭でいろいろ考えたり、意味を深読みしようとするよりも、無心で詩を感じてみたほうが良い、ということでしょう。

 

友人のアドバイスを素直に受け入れ、この「ぞうさん」をもう一度、味わってみました。

 

すると、前よりは、意味も、スッと入ってきました。

 

せっかくなので、簡単に解釈してみますね。

 

「ぞうさん」の視点、つまり登場してくるのは、「ながいのね」「すきなの」と問いかけてくる誰かと、「ぞうさん」だけです。「ぞうさん」は、「かあさん」のことをしゃべるし、「なのよ」という語尾から、女の子の小象だと想像できます。

 

読むごとに、気持ちがなごみます。なごむ理由は、まだ正直、よくわかりません。深読みしないで、読んだ時の「いい感じ」を大事にしたいのですね。

 

今日、やはり「ぞうさん」の意味(詩作の動機など)が知りたくなり、ネットで検索してみました。すると、まど・みちおの自作解説なような文が出てきて、なるほどなと思った次第です。

 

Wikipediaに載っている解説を、以下で引用してみましょう。

 

『鼻が長い』と言われれば からかわれたと思うのが普通ですが、子ゾウは『お母さんだってそうよ』『お母さん大好き』と言える。素晴らしい。

 

また、詩人で小説家の阪田寛夫の問いに、以下のように答えています。引用元は、阪田寛夫「まどさんのうた」です。

 

ぞうの子は、鼻が長いねと悪口を言われた時に、

 

しょげたり腹を立てたりする代わりに、

 

一番好きな母さんも長いのよと、誇りを持って答えた。

 

それは、ぞうがぞうとして生かされていることが、

 

すばらしいと思っているからです。

 

だからこの歌は、ぞうに生まれてうれしいぞうの歌、

 

と思われたがっているでしょう

 

目の色が違うから、肌の色が違うから、すばらしい。

 

違うから、仲良くしようということです。

 

ここまで、ご本人に言われてしまうと、もう納得せざるを得ません。

 

「ぞうさん」は、生きていることの全肯定(人生肯定)の歌だったのですね。

 

生の全肯定など、そう簡単にできるものではなく、哲学を究極まで追求した結果として得られるといった悟りの境地である……と人間の大人の言葉を使って解説すると、堅苦しい言い回しになってしまいます。

 

それを「かあさんも ながいのよ」「かあさんが すきなのよ」という肩に力を入れない表現で、言い尽したところに「ぞうさん」の素晴らしさはあるのでしょうね。

 

私個人の感想を、最後の述べさせていただきます。

 

生きていることは、ふだんは当たり前であり、生きていること自体を意識することは滅多にありません。

 

しかし、最近つくづくと感じるのは、やはり生きていることは凄いことであって、当たり前ではなく、ギリギリのせめぎ合い、薄皮一枚のバランスで保たれているということ。それくらい、生はもろく、はかないものである。

 

平和はふつうではなく、戦争が起きていない、極めて稀な状況だということ。つまり、生は奇跡なのです。

 

生きていることは、生き物に与えられた極めて尊い恩恵です。その恩恵に報いるには、命の大事さを知り、命を大切にして日々を暮らすことが重要。

 

命を大切にするためには、生きていることの素晴らしさを「まるごと認める素直さが求められる、その素直さこそ真の勇気である……そんなことを「ぞうさん」という詩は、静かに伝えてくれていると思えてなりません。

 

たった1回の人生だから、できればそれとまるごと受け入れ、肯定して暮らしてゆきたいものです、「ぞうさん」のように。でも、実際の人生では、なかなか、それはかないません。だから、「ぞうさん」はただの童謡ではなく、祈りの詩であるのです。