黒澤明監督の「生きものの記録」は反核映画というより心理劇である。

映画「生きものの記録」は、1955年に公開された日本映画。

 

監督は黒澤明。主演は三船敏郎

 

映画「生きものの記録」はこちらで視聴可能です

 

1950年代は黒澤明の全盛期である。以下の9作品を公開している。

 

醜聞(1950年)
羅生門(1950年)
白痴(1951年)
生きる(1952年)
七人の侍(1954年)
生きものの記録(1955年)
蜘蛛巣城(1957年)
どん底(1957年)
隠し砦の三悪人(1958年)

 

この中で「生きものの記録」は、核爆弾の恐ろしさを訴えた社会性の強い作品で、異色作となっている。

 

出来不出来でいえば、明らかに失敗作に属するだろう。

 

黒澤明の場合、思い入れが激しすぎると全体のバランスが崩れ、失敗する場合が多い。

 

なぜ私がこの「生きものの記録」を失敗作かというと、怖くないからである。見ている時も見終わってからも、原爆や水爆の怖ろしさ魂が震えるくらいでないと成功作とは言えないだろう。

 

主人公が浮いてしまっている。どこか滑稽であり、リアリティが薄い。

 

この映画を客観的に表するならば、核爆弾をテーマにした社会派映画としては成果を上げていない。

 

社会派映画にしては、主人公がデフォルメ、戯画化されすぎていている。

 

つまり、ドキュメンタリー的には描かれておらず、極論すれば社会派映画とは言えない。

 

この映画「生きものの記録」は、社会派映画ではなく、心理劇である。

 

水爆の怖ろしさに最後は発狂していしまう老人に対する、周囲の人間の反応、その心理の描写が面白い。いわゆる心理劇になっているのだ。

 

だから、中途半端な感じがして、鑑賞後にカタルシスを得られないのである。

 

ともあれ、試みは実に黒澤明らしく、演出も随所に「黒澤明節」が息づいている。

 

だが、結果としては、失敗作となっていることは否めない。

甘い静けさ~風花未来の詩40

今日の風花未来の詩は「甘い静けさ」です。

 

甘い静けさ

 

心が乱れている

あれほど

覚悟を決めたはずなのに

なぜか

胸騒ぎがおさまらない

 

今日は化学療法のある日だけれど

抗がん剤投与について

主治医に相談しようと思っている

 

死ぬとか

生きるとかいうことと比べたら

治療法などは

単なる技術論でしょう

などと

他人事のように

あっけらかんとは

今の私には言えない

 

そんなことを

いろいろと思い悩んでいると

気持が沈み込んできて

体を動かすのも

ままならないほどになっている

 

そんな呪縛を

といてくれたのは

ひとつの林檎だった

 

正確に言うと

四分の一の林檎

 

林檎を食べるのは

私の欠かせない日課になっている

 

林檎も物価高騰で

かなり高価な食べ物になってしまった

だから

1日1回

四分の一ずつ

食べている

 

少し早すぎる朝食の最後を

林檎の時間とすることに

 

病院の予約時間が

じわじわと迫っている

だが

まだ出かける気になれない

 

目の前のお皿から

林檎の最後の一切れが

消え去った時

予告もなしに

プチっと

私の中で

何かが

はじけた

 

そして

胸の中の

ざわめきが嘘のように消え

不思議な

甘い静けさに

私は包まれた

 

さあ

そろそろ

あの場所に

でかけよう

 

四分の一の

優しさを抱きながら

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歯科衛生士さんの魔法~風花未来の詩39

今日の風花未来の詩は「魔法」です。

 

魔法

 

近くの歯科医院へ

歯のクリーニングをしてもらいに行った

 

予期せぬことは

そこで起こった

 

衛生士さんが

ひととおり歯の清掃が終わった時

「マッサージをしますね」と言って

両耳の下あたりをおさえた

 

私は「う~ん」と声もらした

 

「ここ 痛いですか」

「嚙みしめが強くて 筋肉が緊張してるんです」

「それで 奥歯がすり減っているし」

「こうすると どうですか」

 

今度は口の奥に指を入れ

ていねいに 優しく

少しずつ 少しずつ

もみほぐしてゆく

 

「これで 少し楽になりましたかね」

 

私は「う~ん」と

再び声をもらした

 

まさか

歯科医院でマッサージを受けるとは

思いもよらなかった

 

顎の付け根の筋肉よりも

心が 私の心が

魔法にかかったように

ときほぐされてゆくのが

たしかに感じとれた

 

「これからは 歯と歯は

触れない状態でキープしてくださいね」

 

余命3ヶ月の宣告を受けて

すでに1ヶ月半が過ぎているけど

その間 抗がん剤に負けてなるものかと

歯を食いしばっている自分がいることに

今まで気づかなかった

 

「では また3ヶ月後に

必ずお待ちしてますからね」

 

歯科医院を出て

真冬の空を見上げた

 

3ヶ月先ことは

うまくは 想い描けなかったけれど

心が軽くなっていて

曇り空も明るく見えた

 

誰かのひとつの思いが

誰かのひとつの行いが

人をかぎりなく元気づける

 

そのことが

とてつもなく

うれしかった

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