新藤兼人が監督した映画作品は49本ありますが、先日鑑賞した「母」は、必ず観ておくべき作品だと感じました。
「観ておくべき」という意味は「面白い」とか「絶対感動する」ことを指しません。むしろ、多くの人は「母」という映画を最後までは見られないのではないと思うのです。
この映画には、娯楽作品に求められる、カタルシスが薄いからです。
観終わった後、「ああ、スッキリした」というような浄化作用ならば、「ないほうが良い」と監督は言いたいのかもしれない。
むしろ、「不愉快さ」「おぞましさ」「むごたらしさ」が、観てから数日たっても、まとわりついて離れない、そうした「尾を引く感じ」を残したいと願ったのかもしれないと、深読みしたくもなります。
それでも、やはり、この「母」は新藤兼人監督の代表作だと断言したいのです。
一つには「広島」への「こだわり」があります。「母」は1963年の作品。「原爆の子」のようにメインの題材が原爆にはなっていませんが、原爆の暗い陰はこの映画のバックグラウンドになっていることは確かです。
この映画で執拗に描かれるのは、生々しい「性」、そして「死」です。その描き方には感傷はありません。苛烈、かつ過酷な映像、渇いた感覚が、「思想性」を想起させます。
目線は極めて低いのに、崇高な魂を感じとれる、不思議な映画です。
時どき不愉快になりながらも、最後まで、じっくり味わうと、こういう映画の方が、単純に面白い映画よりも、尊いものだということを、確信するに至ったのでした。
心に深く入り込む映画ですよね。