三好達治の「汝(なんじ)の薪(まき)をはこべ」という詩をご紹介しましょう。
汝の薪をはこべ
春逝き
夏去り
今は秋 その秋の
はやく半ばを過ぎたるかな
耳かたむけよ
耳かたむけよ
近づくものの聲はあり
窓に帳帷(とばり)はとざすとも
訪なふ客の聲はあり
落葉の上を步みくる冬の跫音
薪(まき)をはこべ
ああ汝(なんじ)
汝の薪をはこべ
今は秋 その秋の
一日(ひとひ)去りまた一日去る林にいたり
賢くも汝の薪をとりいれよ
ああ汝 汝の薪を取りいれよ
冬近し かなた
遠き地平を見はるかせ
いまはや冬の日はまぢかに逼れり
やがて雪ふらむ
汝の國に雪ふらむ
きびしき冬の日のためには
爐(いろり)をきれ 竈(かまど)をきづけ
孤獨なる 孤獨なる 汝の住居(すまひ)を用意せよ
薪をはこべ
ああ汝
汝の薪をはこべ
日はなほしばし野の末に
ものの花さく今は秋
その秋の林にいたり
汝の薪をとりいれよ
ああ汝 汝の冬の用意をせよ
※「薪(まき)」は、燃料にするために適当な大きさに切って乾燥させた木。たきぎ。「薪をくべる」「薪割りをする」というふうに使います。
「薪をはこべ」は、1940年(昭和15年)に刊行された「艸千里」という詩集に収録されています。戦争に突入しようとする、暗い時代に書かれた作品です。真珠湾攻撃が行われたのが、1941年(昭和16年)12月8日ですからね。
この詩は映画で知りました。「非行少女」という 浦山桐郎監督の映画の中で、浜田光男が和泉雅子のそばで朗読した詩です。
音律が良く、物寂しげで、心に沁みました。
不勉強で三好達治の詩だとは知らなかったのです。
荒畑寒村に「火を盛んにせよ」という言葉がありますが、「薪をはこべ」はその準備をしなさいという詩だと言えるでしょう。
三好達治の「薪をはこべ」は、前向きで、真剣で、生きる覚悟が感じ取れる良い詩だと思います。