黒澤明監督の映画「赤ひげ」を見ています。何回も鑑賞しているのですが、いつも新鮮な発見があるのが嬉しいです。
見ているというのは、今回はまだ全部を見終わっていないという意味。何しろ、この作品は180分以上もあるので、間に休憩をはさんだ方が、映画に集中しやすい場合もあります。
若くて、体力や気力があり余っている時は良いのですが、そうでない場合には、無理して一気に見ないほうが、良いところを充分に味わえる気がします。
「赤ひげ」は、1965年(昭和40年)4月3日に公開された日本映画。監督は黒澤明。主な出演は三船敏郎、加山雄三。185分の長編映画。
原作は山本周五郎の「赤ひげ診療譚」。
物語の舞台は、江戸時代後期の享保の改革で徳川幕府が設立した小石川養生所。
原作者の山本周五郎をして「原作よりいい」と言わしめた、名作中の名作です。
この「赤ひげ」のテーマの一つに「貧困」があります。病気や不幸の理由は、ほとんどが「貧困」である場合が多いと作中で語られるのですね。
以前、クリスマスには、チャップリンの「ライムライト」を見ることに決めていたのです。ところが、今日、TSUTAYAに行ったら「ライムライト」がありませんでした。
こういう名作は、借り手がたくさんいなくても、名作コーナーには必ず置いていなければいけないと思うのは私だけでしょうか。
ただ、早稲田大学の近くに、名作を中心にそろえていた、ビデオの名画座みたいなレンタル店があったのですが、つぶれてしまったのを知っているので、効率しか考えない大型チェーン店を、一方的には責められない気もします。
で、クリスマスに「ライムライト」が借りられないとなったら、なぜか黒澤明の「赤ひげ」を手に取っていたから不思議です。
心温まるヒューマンドラマという点では同じですが、作風はだいぶ違っています。
ただ、クリスマスには、単なる娯楽作品ではなくて、一生にわたって、繰り返し見続けてゆける、名作中の名作を鑑賞したいとなぜか思うのです。大晦日の夜とはまた違った意味で、クリスマスの夜も特別なものだと感じているから。
そんなわけで「赤ひげ」を見始めたのですが、20代の頃にはわからなかったことが、よくわかるようになっていました。
簡単ではありますが、この「赤ひげ」は、黒澤明の26本の映画の中で、どのような位置づけになるのかについて触れておきます。
黒澤明の映像作家としての輝き、その頂点は「羅生門」です。
初期の「酔いどれ天使」「野良犬」、スペクタクル巨編「隠し砦の三悪人」など、動的な映像とはうってかわって、「赤ひげ」では、じっくりと腰をすえて、人間を描写します。
人間の命がテーマになっているという意味では「生きる」に通じるものがありますね。
画面の流れや演出の一部に不器用というか、ぎこちないところがあり、それも黒澤節なのですが、この「赤ひげ」においては、特別に野太さが際立った映像構成が採用されています。
映像作品として傑作かどうかと言えば、洗練度という点では、やや劣る映画だと言えるでしょう。
しかし、ロシア文学にも通じる、熱くて苛烈なヒューマニズムがあふれていて、ディテールの無骨さなど苦にならないのです。
表面的な美しさより、深い根源的な感動をこそ、聖夜には味わいたい。
こういう、小手先のひねりや装飾がなく、真正面から人間を描いた映画など、世界の映画史にも、それほどあるわけがありません。
クリスマスには、こうした人間臭い映画を、じっくりと鑑賞したいものです。
最後に付言するなら、この「赤ひげ」は、黒澤明の最後の名作です。この作品以降は、傑作と呼びたくなる映画を、なぜか黒澤明は生み出せなくなってしまうのです。
では、これから続きを見ますので、失礼します。