今回ご紹介するのは、会田綱雄(あいだつなお)の「伝説」という詩です。
さっそく引用してみましょう。引用元は、茨木のり子「詩のこころを読む」より
伝説
湖から
蟹が這いあがつてくると
わたくしたちはそれを縄にくくりつけ
山をこえて
市場の
石ころだらけの道に立つ
蟹を食うひともあるのだ
縄につるされ
毛の生えた十本の脚で
空を搔きむしりながら
蟹は銭になり
わたくしたちはひとにぎりの米と塩を買い
山をこえて
湖のほとりにかえる
ここは
草も枯れ
風はつめたく
わたくしたちの小屋は灯をともさぬ
くらやみのなかでわたくしたちは
わたくしたちのちちははの思い出を
くりかえし
くりかえし
わたくしたちのこどもにつたえる
わたくしたちのちちははも
わたくしたちのように
この湖の蟹をとらえ
あの山をこえ
ひとにぎりの米と塩をもちかえり
わたくしたちのために
熱いお粥をたいてくれたのだつた
わたくしたちはやがてまた
わたくしたちのちちははのように
痩せほそつたちいさなからだを
かるく
かるく
湖にすてにゆくだろう
そしてわたくしたちのぬけがらを
蟹はあとかたもなく食いつくすだろう
むかし
わたくしたちのちちははのぬけがらを
あとかたもなく食いつくしたように
それはわたくしたちのねがいである
こどもが寝いると
わたくしたちは小屋をぬけだし
湖に舟をうかべる
湖の上はうすらあかく
わたくしたちはふるえながら
やさしく
くるしく
むつびあう
会田綱雄は、1914年(大正3年)3月17日に生まれ、1990年(平成2年)2月22日に没した日本の詩人。
1947年、同人雑誌である『歴程』の同人となる。
1957年、詩集『鹹湖』を発表し、第一回高村光太郎賞を受賞。
会田綱雄について、詩人の知念栄喜が語った以下の評価が言い得て妙である。
残酷な生命の条理を自然の中に溶解し、原罪意識を夢幻的な物語として構成する特異な個性の詩人
今回ご紹介した「伝説」も、まさに知念のいう「特異な個性」が表出されている。
1964年、詩集『狂言』を思潮社から、1970年、67部限定の詩集『汝』を母岩社から出版。 1977年、詩集『遺言』で第29回読売文学賞を受賞。
会田綱雄の詩歴は地味だが、高村光太郎賞と読売文学賞を受賞しており、賞に恵まれた詩人と言っていいだろう。
極めて特異な詩風でありながら、きっちりと詩壇から評価されているのは、おそらくは、会田綱雄の着実な詩作の継続のためだと思われる。
私が持っている「会田綱雄詩集」は現代詩文庫だが、今は絶版のため高額すぎて入手しづらい。
逃げ出したくなりました。
食物連鎖を(オチ?にして)人、蟹同じく地球上に生きる(共存者)として語る感性に感動しました。