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笹田雪絵ちゃんの詩「みち」

今回は雪絵ちゃん笹田雪絵)の「みち」という詩をご紹介します。

 

【動画】(朗読)笹田雪絵ちゃんの詩「みち」

 

みち

 

今日まで歩いてきたみち、

さっき歩いてきたみち、

明日歩くみち、

今歩いているみち、

これから歩くみち。

 

全部わたしが選んで決めて歩くみち。

間違いなく

自分で選んで歩いてるみち。

 

だからこのみちでいいの。

このみちを歩きたいの。

 

私の選んでいる道は

いい方にむかってる。

 

だから全て大丈夫。

 

このままいけば大丈夫。

 

全て大丈夫。

 

改行などは、私の方で読みやすいように、変更いたしました。雪絵ちゃんの原作である詩が手元にないので、確認できませんが、改行や一行空けなどは少し違っているかもしれないことをご了承ください。

 

実は、雪絵ちゃんの詩を紹介するのは、これが二度目です。以前には、以下の詩を取り上げました。

 

笹田雪絵の詩「ありがとう」「誕生日」

 

雪絵ちゃんは、多発性硬化症(MS)と呼ばれる難病にかかりながらも、「全て大丈夫」という言葉どおり、純粋で深い自己肯定感を持ち続け、明るく生きぬく過程で、感動的な詩やエッセイを書き残しています。

 

養護学校(特別支援学校)で雪絵ちゃんと出逢った、山元加津子さんたちが、雪絵ちゃんの詩とエッセイの出版に尽力されたことで、今も雪絵ちゃんの貴重な文章を読むことができます。

 

欲をいえば、「雪絵ちゃん(笹田雪絵)詩文全集」という形で、一冊の本に雪絵ちゃんの詩と文章をまとめて出版されることを望みます。

 

というか、私自身が呼びかけることで、例えば「雪絵ちゃんプロジェクト(仮称)」という形で、出版を実現できないものかと、大それたことさえ思っているところです。

 

いつか、かなえられたらいいのですが……

 

その他、笹田雪絵ちゃんに関する記事は、以下からアクセスしてください。

 

笹田雪絵ちゃんの詩「ありがとう」と「誕生日」

 

笹田雪絵ちゃんの詩「天使」

 

笹田雪絵ちゃんの「幸せ気分」が届きました。

映画「灰とダイヤモンド」に出てくるノルヴィドの詩

名作映画として語り継がれている「灰とダイヤモンド」。何度となくレンタルしたが、いつも挫折してきたのだ。

 

しかし、今回は、最後まで見ることができた。

 

「灰とダイヤモンド」は、1958年のポーランド映画。イェジ・アンジェイェフスキが1948年に発表した同名小説をアンジェイ・ワイダが映画化。アンジェイェフスキはワイダとともに脚色も担当した。

 

灰とダイヤモンド

 

この映画の中でノルヴィドという詩人のが紹介されている。

 

「舞台裏にて」という弔詩(ちょうし)からの引用のようだ。 弔詩とは死者をとむらう詩のこと。訳詩は川上洸(かわかみたけし)。

 

主人公のマチェクと、その恋人のクリスチーナが、雨宿りのために飛び込んだ教会の墓碑名に刻まれていた弔詩、それがノルヴィドの詩「舞台裏にて」だ。

 

さっそく、引用してみよう。

 

舞台裏にて

 

松明(たいまつ)のごと、なれの身より火花の飛び散るとき
なれ知らずや、わが身をこがしつつ自由の身となれるを
もてるものは失われるべきさだめにあるを
残るはただ灰と、あらしのごと深遠に落ちゆく混迷のみなるを
永遠の勝利のあかつきに、灰の底ふかく
さんぜんたる(星のごとく輝く)ダイヤモンドの残らんことを

 

で、肝心の映画だが、名作として大げさに語られ過ぎてきたのではないだろうか。

 

「灰とダイヤモンド」は、名作というよりも古典である。映画の歴史を語る上で、見ておくべき作品である、とは思った。

 

例えば、演出に難点がいくつもあった。暗殺シーンに、緊迫感と迫力と冴えがなかった。

 

ラストの場所設定は良いが、唐突感が否めず、とってつけたようになっていた。

 

主人公は顔の表情がいまいちで、小太りで、知的な感じがせず、テロリスト独特の孤独感も出ていなかった。

 

映画作品として、完成度が高いとは言い難い。

 

ただ、主演女優の表情の変化は良かった。主演男優と比べると、圧倒的に主演女優の方に光るものがあった。

映画「文学賞殺人事件 大いなる助走」の主演は中島はるみ?

文学賞殺人事件 大いなる助走」は、狂気の映画である。狂気という言葉以外、浮かんでこない映画だ。

 

「文学賞殺人事件 大いなる助走」(ぶんがくしょうさつじんじけん おおいなるじょそう)は、1989年1月28日に公開された日本映画。原作は、筒井康隆の小説「大いなる助走」。

 

全編パロディ満載。悪ふざけ的な出来事が連続して起きてゆく。ただ、その「悪ふざけ」が、実に面白哀しいのである。

 

出演者は、豪華だ。演技派で知られる佐藤浩市を主演に、脇を石橋蓮司、蟹江敬三などがかためている。

 

女優陣は、セクシー系が多く、無意味な文学談義とエロが妙にマッチしているから不思議だ。

 

登場人物で唯一、最初から最後までシリアスな演技をしていた、中島はるみが効いていた。中島はるみが出演していなかったら、違う映画になっていたと思うくらいの存在感だった。

 

中島はるみ

 

中島はるみは昭和の残影をクッキリとこの映画に浮かび上がらせた、そのことで、この映画自体の価値を高めたと言ったら言い過ぎだろうか。