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黒澤明の映画「赤ひげ」をクリスマスに見る理由


黒澤明監督の映画「赤ひげ」を見ています。何回も鑑賞しているのですが、いつも新鮮な発見があるのが嬉しいです。

見ているというのは、今回はまだ全部を見終わっていないという意味。何しろ、この作品は180分以上もあるので、間に休憩をはさんだ方が、映画に集中しやすい場合もあります。

若くて、体力や気力があり余っている時は良いのですが、そうでない場合には、無理して一気に見ないほうが、良いところを充分に味わえる気がします。

この「赤ひげ」のテーマの一つに「貧困」があります。病気や不幸の理由は、ほとんどが「貧困」である場合が多いと作中で語られるのですね。

以前、クリスマスには、チャップリンの「ライムライト」を見ることに決めていたのです。ところが、今日、TSUTAYAに行ったら「ライムライト」がありませんでした。こういう名作は、借り手がたくさんいなくても、名作コーナーには必ず置いていなければいけないと思うのは私だけでしょうか。

ただ、早稲田大学の近くに、名作を中心にそろえていた、ビデオの名画座みたいなレンタル店があったのですが、つぶれてしまったのを知っているので、効率しか考えない大型チェーン店を、一方的には責められない気もします。

で、クリスマスに「ライムライト」が借りられないとなったら、なぜか黒澤明の「赤ひげ」を手に取っていたから不思議です。

心温まるヒューマンドラマという点では同じですが、作風はだいぶ違っています。

ただ、クリスマスには、単なる娯楽作品ではなくて、一生にわたって、繰り返し見続けてゆける、名作中の名作を鑑賞したいとなぜか思うのです。大晦日の夜とはまた違った意味で、クリスマスの夜も特別なものだと感じているから。

そんなわけで「赤ひげ」を見始めたのですが、20代の頃にはわからなかったことが、よくわかるようになっていました。

黒澤明の映像作家としての輝き、その頂点は「羅生門」です。

初期の「酔いどれ天使」「野良犬」、スペクタクル巨編「隠し砦の三悪人」など、動的な映像とはうってかわって、「赤ひげ」では、じっくりと腰をすえて、人間を描写します。

画面の流れや演出の一部に不器用というか、ぎこちないところがあり、それも黒澤節なのですが、この「赤ひげ」においては、特別に野太さが際立った映像構成が採用されています。

映像作品として傑作かどうかと言えば、洗練度という点では、劣る映画だと言えるでしょう。

しかし、ロシア文学にも通じる、熱くて苛烈なヒューマニズムがあふれていて、ディテールの無骨さなど苦にならないのです。

表面的な美しさより、深い根源的な感動をこそ、聖夜には味わいたい。

こういう、小手先のひねりや装飾がなく、真正面から人間を描いた映画など、世界の映画史にも、それほどあるわけがありません。

クリスマスには、こうした人間臭い映画を、じっくりと鑑賞したいものです。では、これから続きを見ますので、失礼します。

美しい日本語で書かれた作品をまとめました。

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