成瀬巳喜男監督の映画は大好きというほどではありませんが、けっこうな数の作品を見てきました。

 

当ブログ「美しい言葉」では、以前「山の音」をレビューしました。

 

成瀬映画の中で、文句なく面白いのが、今日ご紹介する「女が階段を上る時」です。

 

銀座のバーの物語の舞台。そこで商売に徹することができずに、極めて人間的であり、弱さをあわせ持つ一人の女性の心理が精細に描かれていいます。

 

私はもともと心理劇が好きであり、成瀬巳喜男は、女性の心理を描かせたら屈指の名匠なので、この映画監督と私の相性は良いのは間違いありません。

 

ただ、その描き方は、文芸作品としての格調を前面に出すことはありません。ぎりぎりまで目線を下げて、メロドラマ的なテイストになることを怖れないのが成瀬巳喜男フィリムの特徴と言えるでしょう。

 

芸術の香りにこだわるよりも、人間っぽさ、人の誇らしさよりも弱さを、とことんまで描き切ることに主眼がおかれているので、作品によっては、まさにこれはメロドラマではないのかと感じてしまうこともあります。

 

ただ、そのスレスレな感じが、成瀬巳喜男の特徴だと意識して見ると、細かい作品の難点なのどは気にならなくなるのではないでしょうか。

 

映画監督としての手腕は、確かです。決して女性しか描けない力量の劣る監督ではありません。

 

男性を描かせたら定評のある黒澤明も「映画のエキスパート」「その腕前の確かな事は、比類がない」と成瀬巳喜男を高く評価しています。

 

黒澤明のスクリプターとして多くの黒澤作品に参加している野上照代は「黒澤さんが一番尊敬してたのは間違いなく成瀬さん」と証言しているのです。

 

ともあれ、銀座のホステスを描いて、これほどストイックな味わいが得られる映画は、他にはありません。名画ファン、成瀬巳喜男ファンならずとも、一度は見ておきたい映画だと言えます。