バレエといえば「白鳥の湖」のような悲劇や、王侯貴族の壮大な物語、あるいは妖精たちが舞う幻想的な世界を思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、『リゼット』はそれらとは全く異なります。
フランスののどかな農村を舞台にした、明るく笑いに満ちた心温まるラブ・コメディです。
バレエ初心者でも予備知識なしで心から楽しめ、劇場を出る時には思わず笑顔になっている、そんな魅力溢れる作品『リゼット』について解説します。
基本データ
- 作品名:『リゼット』(原題:La Fille Mal Gardée / ラ・フィーユ・マル・ガルデ。直訳すると「下手に見張られた娘」となります。日本では『リーズの結婚』というタイトルでも広く知られています)
- 初演:1789年(フランス革命の直前に初演されました。現在上演されている全幕バレエの中で最も古い作品の一つです)
- オリジナル振付:ジャン・ドーベルヴァル(現在世界中でよく上演されているのは、1960年にイギリスの振付家フレデリック・アシュトンが振り付けたバージョンや、ロシアのアレクサンドル・ゴルスキーによるバージョンです)
- 音楽:フェルディナン・エロルドなど(上演される版によって音楽の構成が異なります)
- 舞台:フランスののどかな農村
基本構成とあらすじ
物語は全2幕(または3幕)で構成され、テンポ良く進みます。
【第1幕】
豊かな自然に囲まれた農村。農家の娘リーズ(リゼット)と、ハンサムな若い農夫コーラスは相思相愛の仲です。
しかし、リーズの母親である未亡人シモーヌは、娘を村の裕福なぶどう園主の息子、アランと結婚させようと目論んでいます。
アランは少しおとぼけで不器用ですが、どこか憎めないキャラクターです。
シモーヌは娘がコーラスと会わないように厳しく見張りますが、若き恋人たちは隙を見ては愛を育みます。
【第2幕】
嵐が過ぎ去った後、シモーヌはリーズを家に閉じ込め、外出してしまいます。
しかし、ひょんなことからコーラスがその家の中に隠れることに。
そこへシモーヌが戻り、さらにアランとその父親が結婚の契約書を交わすためにやって来ます。
さあ契約、という場面で寝室のドアが開くと、そこには隠れていたコーラスとリーズの姿が。
大騒ぎになりますが、最終的に若者たちの真剣な愛と村人たちの説得に打たれ、シモーヌも二人の結婚を許し、村中が祝福するハッピーエンドを迎えます。
特に優れた点
この作品の歴史的な偉大さは、「普通の庶民を主役にした」という点にあります。
当時のバレエは神話の神々や王侯貴族を描くのが当たり前でしたが、『リゼット』は農民の日常や恋の駆け引きをリアルに、そしてユーモラスに描き出しました。
また、複雑な人間関係や暗い思惑が一切なく、純粋な愛と親子の情愛、そしてユーモアで構成されているため、演劇としての面白さが際立っています。
言葉のないバレエでありながら、まるで上質な喜劇映画を観ているかのように客席から何度も笑い声が起こる、稀有なバレエ作品です。
鑑賞のポイント
この作品をより楽しむための見どころを、バレエ用語の解説を交えて紹介します。
- マイムによる豊かな感情表現
※マイム(パントマイム):言葉を使わず、身振り手振りや表情で会話や感情を伝える演劇的手法。
『リゼット』では、母親シモーヌの怒りや焦り、リーズの反抗的な可愛らしさ、アランのコミカルな動きなど、マイムが非常に重要な役割を果たします。
ダンサーたちの「顔芸」とも言える豊かな表情に注目してください。
- 小道具を使った見事なパ・ド・ドゥ
※パ・ド・ドゥ:男女2人のダンサーによって展開される踊りのこと。フランス語で「2人のステップ」の意味。
リーズとコーラスの踊りでは、「ピンクのリボン」が効果的に使われます。
リボンをあやとりのように編み込んだり、馬の手綱に見立てたりしながら、絡まることなく美しく踊るシーンは、この作品最大のハイライトの一つです。
- シモーヌのキャラクター・ダンス
※キャラクター・ダンス:各国の民族舞踊をベースにした、特徴的なステップや靴を用いた踊り。
母親のシモーヌ役は、伝統的に男性ダンサーが女装して演じます。
アシュトン版では、シモーヌが木靴(クロッグ)を履いて、タップダンスのように音を鳴らしながら踊る「木靴の踊り」があり、客席を大いに沸かせます。
- ポワントの軽快さと技巧
※ポワント(アン・ポワント):トウシューズを履いて、つま先で立つ技術のこと。
リーズの踊りには、ポワントで細かく素早く動くステップが多く取り入れられています。
農娘の若々しさや、恋に弾む心が足元から伝わってくるような軽快なステップは必見です。


