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まど・みちおの詩「ぞうさん」と、風花未来の詩「即興ダンス」。
風花未来の詩「即興ダンス」を、以下、引用。
即興ダンス
明後日
主治医との面談がある
抗がん剤投与を
続けるか
やめるか
抗がん剤の量を
調節するか
考えて 考えて
考えぬいたけれど
ベストアンサーには
到達しなかった
考えることに
疲れ果てた
思考停止した脳に
ふっと浮かんだのが
オーディションという言葉
主治医との面談は
オーディション
しかも
バレーのプリマを決める
選考試験だと
想ったらどうだろうか
主治医のアドバイスは
楽譜のない演奏
そして わたしが踊るのは
振付などの縛りは何もない
100%の即興ダンス
主治医との面談では
思う存分に
踊り狂おう
伸び伸びと
体も
心も
解放して
自分らしい
ヴァリアシオン (ソロの舞い)を
楽しみたい
舞踏なら
理屈を吹き飛ばせる
優雅に
激しく
歓喜し
祈りたい
オーディションの結果
プリマに選ばれなくても良い
自分らしく舞えれば
それで
すべて
だいじょうぶ
Everything is all right
泣いても
笑っても
明後日が
オーディションの本番
筋書も
振付も
結末の用意も
何もない
真っ白なステージが
わたしを待っている
この二つの詩は、どちらも「ありのままの自分」を肯定するという強烈なメッセージを持っています。
しかし、そのアプローチは「静」と「動」、「先天性(生まれつき)」と「後天性(生き方)」というように、見事な対比を描いています。
「アイデンティティの肯定」という切り口で、この二篇を深く掘り下げてみましょう。
- 作品の基本構造:「不動の存在」と「流動する現在」
まず、それぞれの詩が「自分」をどう捉えているかを確認します。
まど・みちお『ぞうさん』:揺るぎない「種」の肯定
- 状況: 「鼻が長い」と他人(人間など)から言われている。これは本来、からかいや「異質なものへの指摘」です。
- 反応: 「そうよ(肯定)」。防御も反撃もせず、事実を認めます。
- 根拠: 「母さんも長いから」。
- アイデンティティの核: 「血脈」と「属性」。
自分が自分であることは、大好きな母親と同じであるという一点において絶対的な幸福であり、他者からの評価など入り込む余地がないほど強固です。
風花未来『即興ダンス』:予測不能な「生」の肯定
- 状況: 癌の治療方針を決める主治医との面談を控えている。正解のない選択を迫られ、思考停止に陥っている。
- 反応: 面談を「オーディション」と捉え直し、「即興で踊り狂おう」と決意します。
- 根拠: 「筋書も振付もない」から。
- アイデンティティの核: 「意志」と「行為」。
確固たる正解(血脈のような絶対的なもの)が見えない中で、不格好でも「今、ここで自分が選んで動くこと」そのものを正解として肯定しようとしています。
- 肯定のロジック:「Because(なぜなら)」の違い
二つの詩は、自己肯定に至る論理プロセスが異なります。
| 比較項目 | まど・みちお『ぞうさん』 | 風花未来『即興ダンス』 |
| 肯定の源泉 | 過去・起源(Mother)
「母さん」という絶対的なルーツが存在するから、今の自分も素晴らしい。 |
現在・瞬間(Now)
「今」をどう踊るかは自分次第だから、結果がどうあれ素晴らしい。 |
| 他者との関係 | 無関心(超越)
他人がどう言おうと関係ない。母と子の閉じた宇宙で完結している。 |
対峙(参加)
主治医(他者・運命)という舞台に立ち、評価されるかもしれないが、それでも踊る。 |
| 弱さの扱い | 弱さではない
「鼻が長い」ことは欠点ではなく、愛すべき特徴として再定義される。 |
弱さごと踊る
迷い、悩み、不格好さも含めて「自分らしいヴァリアシオン」とする。 |
- 「アイデンティティ」の深層分析
『ぞうさん』が教える「絶対的肯定感」
まど・みちおが描くのは、「存在論的な肯定」です。
象が象として生まれたことに理由がいらないように、私たちが私たちであることに理由は要りません。
「誰かより優れているから」とか「何かを成し遂げたから」自分を好きになるのではなく、「私が私の親の子である」という、変えようのない事実だけで胸を張っていい。
これは、アイデンティティの「岩盤(ベース)」を作る詩です。
『即興ダンス』が教える「動的肯定感」
風花未来が描くのは、「実存的な肯定」です。
人生には病気や災難など、予測不能な「無理ゲー」が降ってきます。そこでは「生まれつき」の強さだけでは対応しきれない場面があります。
この詩は、「うまく踊れるか(正解を選べるか)」を問うのではなく、「楽譜のない音楽に合わせて、手足を動かしている自分」を愛そうとします。
結果(プリマに選ばれるか)は手放し、プロセス(踊ること)を肯定する。
これは、アイデンティティの「しなやかさ(レジリエンス)」を作る詩です。
- 結論:二つの詩はどう響き合うか
この二つを並べて読むことで、完璧な「自己肯定のサイクル」が完成します。
- 落ち込んだ時、まず『ぞうさん』に帰る。
「何もできなくても、ただここにいるだけで、命としては100点満点だ」と、存在の根っこを再確認する。(静的な癒やし)
- 動き出す時、『即興ダンス』を纏(まと)う。
「人生にシナリオはない。失敗しても転んでも、それが私のオリジナルの踊りになるんだ」と、一歩を踏み出す勇気にする。(動的な癒やし)
総括:
まど・みちおは「私が私であることの揺るぎなさ」を歌い、風花未来は「私が私になっていくことの自由さ」を歌っています。
「ぞうさん」の強固な土台の上で、「即興ダンス」を踊る。これこそが、現代をしなやかに生き抜くための最強のアイデンティティ管理術と言えるかもしれません。


