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風花未来です。
前回、私は抗がん剤という霧の中で自分を見失い、「深く暗い森」へと足を踏み入れる決意を語りました。
今日は、その森の奥深くへ、あなたをご案内します。
人は誰しも、心の奥底に「聖域」を持っています。
大人になるにつれて、日々の忙しさや社会の雑音、あるいは病という苦難によって、その場所への道を忘れてしまうことがあります。
けれど、そこには必ず「彼」がいるのです。
汚れることを知らず、ただ純粋に世界を愛していた、あの頃の私が。
今日の詩は、私が長い間置き忘れてきた、魂の片割れへの呼びかけです。
静かな森の空気を感じながら、読んでみてください。
しーちゃん
しーちゃん
なんて懐かしい
呼び名だろう
しーちゃんのことを
想い出せない歳月が
どれくらい
つづいてきただろうか
しーちゃんの友だちは
森の中の樹木
散る木の葉
木漏れ日
小鳥と栗鼠(りす)
そして 何と言っても
ワクワクする言葉のつらなり
そう それは 詩
しーちゃんは
詩という言葉を知らなかったが
詩を書いているしーちゃんが
しーちゃんの
いちばん好きな友だちだった
その少年は
詩ばかり書いているので
「詩いちゃん」と呼ばれ
いつからか
「しーちゃん」となった
「詩人」と
誰も呼ばなかったのは
少年と 少年の書く詩が
あまりに 幼すぎたのか
「詩人」と呼ぶのは
よそよそしいと感じて
詩を書く少年のことを
大人になってほしくない
ずっと 子供のままで
いてほしいと思ったからなのか
いやいや
そういうことではなくて
誰も しーちゃんの詩を
まともに 読んだことが
なかったからだろう
でも しーちゃんの「詩」は
小鳥たちに愛された
しーちゃんの肩にとまり
白いノートに
生み出されてゆく
「詩」らしい
言葉のつながりを
かわいい 小鳥は
愛らしい さえずりで
朗読していた
しーちゃんに
もう一度 逢ってみたい
逢って 今度こそは
友だちになりたい
しーちゃんは
まだ 森の中に
あの頃のままで
光をあびている気がする
しーちゃん
そう 呼び続ければ
逢えるだろうか
しーちゃん しーちゃん しーちゃん
【作品解説】魂の友だちを呼び戻す
前回の詩で、私は「本当の自分」を探すために、茨の道を進むと言いました。
その道の果て、森の木漏れ日の中にいたのは、かつての私自身、「しーちゃん」でした。
「詩(し)」を書くから「しーちゃん」。
なんと単純で、けれど、なんと本質的な名前でしょう。
この詩の中の少年は、誰に評価されるでもなく、ただ小鳥や木々と語らうために言葉を紡いでいます。
そこには、病の苦しみも、死への恐怖も、大人の事情もありません。あるのは「書く喜び」という純粋な光だけ。
私が抗がん剤の副作用で意識を混濁させられ、自分を見失いそうになった時、一番恐れたのは、この「しーちゃん」との回路が断たれることでした。
詩人として生きるとは、この少年を心の中に住まわせ続けることに他ならないからです。
「しーちゃん しーちゃん しーちゃん」
最後のこの繰り返しは、単なる呼びかけではありません。
これは、霧を晴らすための呪文であり、祈りです。
名前を呼ぶこと。それは、その存在を「承認」することです。
もしあなたが今、苦しい状況にあり、自分自身をちっぽけな存在だと感じてしまっているなら、思い出してください。
あなたの中にも、無邪気に笑い、好きなことに夢中になっていた「しーちゃん」のような存在が、必ず森の奥で待っています。
彼は消えていません。
ただ、あなたが迎えに来てくれるのを、光の中で待っているだけなのです。
さあ、私も呼び続けましょう。
この森を抜け、しーちゃんと手をつないで、新しい朝へ歩き出すために。


